■ ■ ■ 月夜の夢
郁は夢を見ていた。
なぜ夢だとわかったかというと、中学生の頃に死んだはずの祖母が出てきたからだった。
「郁も大きくなったねぇ」
同居していなかった祖母とは、年に数回会うだけで。その度にその言葉を言われた。
ぐんぐんと伸びていく身長を気にしていたときだったから、祖母の言葉には素直には頷けなかった。
「でも、あたし、クラスの男子より大きいんだよ?」
「そうかい? でも、郁が大きくなったのには、それなりの理由があるはずだよ」
「理由?」
「そうさ。人にはね、何も無意味なことなんて起きないんだよ。いつか必要になる日がくるから、大きくなったんだよ」
「そうかなぁ・・・」
祖母の家は、住所こそ関東のものだけれども、昭和初期にタイムスリップしたような田舎の風景が広がっていた。田んぼに畑、裏山には誰が掘ったのかわからない洞窟まである(祖母は確か、野菜を保存する室だと言ったけれど、それが何なのかは郁にはよくわからなかった)。携帯電話も数年前まで圏外だったというから、かなりの場所だ。
だが、郁は祖母の家が好きだった。のんびりとした時間が流れていて、ゆっくりと本が読める。兄達と遊ぶにも、車や不審者の心配をすることなく、何時間でも野山を駆け回った。
祖母が死んだ時、一番泣いたのは郁だった。
兄達は、もう人の死を受け入れるだけの年齢になっていたし、親類の中では郁が一番年下だったせいもある。
優しく郁を撫でてくれた手からは、温もりが消えていて、郁は葬儀の間中、泣きじゃくっていた。
目を覚ますと、郁の瞳には涙が残っていた。
夢を見て泣くなんて、子供みたい・・・。
涙を拭いながら寝返りを打つと、すぐ横に大きな背中があった。堂上の背中だ。どうやら背中合わせで眠っていたらしい。
ねぇ、おばあちゃん。あたし、大好きな人より身長が大きいんだけど。これって、やっぱり意味があることなのかなぁ・・・。
立ち上がれば、自分よりも低い位置になる背中だけれども、郁の何倍も逞しくて広い。
何度、この背中に焦がれただろう。
そっと手を伸ばして、背中に触れる。そこから温もりが伝わってきて、冷えた郁の心に広がっていった。
背中に縋りつくと、堂上も目を覚ましたのか身じろぎした。
「郁? 起きてるのか?」
「ん・・・」
堂上も寝返りを打って、郁を正面から抱き締めてくれた。
まだ涙が残っているから、顔を上げることができない。見られないように、堂上の胸に顔を埋めた。
「・・・どうした? 怖い夢でも見たのか?」
「そんな子供じゃありません」
別に怖い夢というわけではない。郁は拗ねるような声で誤魔化した。
背中に回されていた腕は、やがて郁の頭をぽんぽんと軽く叩いてくれる。
その手が、祖母の手と重なった。
ああ、だから、あたしは・・・。
初めて会ったときから、堂上のその何気ない仕草が好きだった。
図書隊に入隊した後も、郁を慰めてくれるとき、堂上は決まって頭を撫でてくれる。
この優しい手を失くしたら、あたしはおばあちゃんの時以上に、泣くんだろうな。
そう思ったとたんに、収まりかけていた涙がぶり返した。
やだ、なんて最悪な想像。考えただけでも身震いがする。
だが、図書隊は警察や自衛隊よりも、実践経験が高い。特に図書特殊部隊に属する自分達は、図書隊の中でも危険度という意味では一番高いだろう。更にその中でも、堂上は玄田隊長の信頼も厚く、危険な任務を任されやすい。
いつ、何が起こってもおかしくない環境にいるのだ。
自然と堂上に回した手に力が篭もった。
いやだ。失くしたりなんかしない。
今はまだ同じ班の上司と部下という関係にいるけれど、この先ずっと同じ班でいられるとは限らない。本当に結婚まで進んだとしたら、それこそ別々の班に配属しなおされるだろう。
いざというとき、隣にいられるとは限らないのだ。
「・・・お前を置いて、どこにも行かないから」
郁の感情を先読みしたのか、堂上が笑う。
「絶対ですよ。いなくなったら、地獄の果てまででもおいかけますから」
「お前がいうと、実行されそうで怖いな」
「ええ、有言実行がモットーですから、覚悟してくださいね」
ようやく、ふふっと笑みを漏らして、郁はもう一度、堂上をぎゅっと抱き締めた。
なぜ夢だとわかったかというと、中学生の頃に死んだはずの祖母が出てきたからだった。
「郁も大きくなったねぇ」
同居していなかった祖母とは、年に数回会うだけで。その度にその言葉を言われた。
ぐんぐんと伸びていく身長を気にしていたときだったから、祖母の言葉には素直には頷けなかった。
「でも、あたし、クラスの男子より大きいんだよ?」
「そうかい? でも、郁が大きくなったのには、それなりの理由があるはずだよ」
「理由?」
「そうさ。人にはね、何も無意味なことなんて起きないんだよ。いつか必要になる日がくるから、大きくなったんだよ」
「そうかなぁ・・・」
祖母の家は、住所こそ関東のものだけれども、昭和初期にタイムスリップしたような田舎の風景が広がっていた。田んぼに畑、裏山には誰が掘ったのかわからない洞窟まである(祖母は確か、野菜を保存する室だと言ったけれど、それが何なのかは郁にはよくわからなかった)。携帯電話も数年前まで圏外だったというから、かなりの場所だ。
だが、郁は祖母の家が好きだった。のんびりとした時間が流れていて、ゆっくりと本が読める。兄達と遊ぶにも、車や不審者の心配をすることなく、何時間でも野山を駆け回った。
祖母が死んだ時、一番泣いたのは郁だった。
兄達は、もう人の死を受け入れるだけの年齢になっていたし、親類の中では郁が一番年下だったせいもある。
優しく郁を撫でてくれた手からは、温もりが消えていて、郁は葬儀の間中、泣きじゃくっていた。
目を覚ますと、郁の瞳には涙が残っていた。
夢を見て泣くなんて、子供みたい・・・。
涙を拭いながら寝返りを打つと、すぐ横に大きな背中があった。堂上の背中だ。どうやら背中合わせで眠っていたらしい。
ねぇ、おばあちゃん。あたし、大好きな人より身長が大きいんだけど。これって、やっぱり意味があることなのかなぁ・・・。
立ち上がれば、自分よりも低い位置になる背中だけれども、郁の何倍も逞しくて広い。
何度、この背中に焦がれただろう。
そっと手を伸ばして、背中に触れる。そこから温もりが伝わってきて、冷えた郁の心に広がっていった。
背中に縋りつくと、堂上も目を覚ましたのか身じろぎした。
「郁? 起きてるのか?」
「ん・・・」
堂上も寝返りを打って、郁を正面から抱き締めてくれた。
まだ涙が残っているから、顔を上げることができない。見られないように、堂上の胸に顔を埋めた。
「・・・どうした? 怖い夢でも見たのか?」
「そんな子供じゃありません」
別に怖い夢というわけではない。郁は拗ねるような声で誤魔化した。
背中に回されていた腕は、やがて郁の頭をぽんぽんと軽く叩いてくれる。
その手が、祖母の手と重なった。
ああ、だから、あたしは・・・。
初めて会ったときから、堂上のその何気ない仕草が好きだった。
図書隊に入隊した後も、郁を慰めてくれるとき、堂上は決まって頭を撫でてくれる。
この優しい手を失くしたら、あたしはおばあちゃんの時以上に、泣くんだろうな。
そう思ったとたんに、収まりかけていた涙がぶり返した。
やだ、なんて最悪な想像。考えただけでも身震いがする。
だが、図書隊は警察や自衛隊よりも、実践経験が高い。特に図書特殊部隊に属する自分達は、図書隊の中でも危険度という意味では一番高いだろう。更にその中でも、堂上は玄田隊長の信頼も厚く、危険な任務を任されやすい。
いつ、何が起こってもおかしくない環境にいるのだ。
自然と堂上に回した手に力が篭もった。
いやだ。失くしたりなんかしない。
今はまだ同じ班の上司と部下という関係にいるけれど、この先ずっと同じ班でいられるとは限らない。本当に結婚まで進んだとしたら、それこそ別々の班に配属しなおされるだろう。
いざというとき、隣にいられるとは限らないのだ。
「・・・お前を置いて、どこにも行かないから」
郁の感情を先読みしたのか、堂上が笑う。
「絶対ですよ。いなくなったら、地獄の果てまででもおいかけますから」
「お前がいうと、実行されそうで怖いな」
「ええ、有言実行がモットーですから、覚悟してくださいね」
ようやく、ふふっと笑みを漏らして、郁はもう一度、堂上をぎゅっと抱き締めた。