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2008.05.29 Thursday

姉妹話

・山田君と姉貴話。
穂積美月(ほづみみつき)姉
穂積菜月(ほづみなつき)妹
若林薫(わかばやしかおる)妹
若林智(わかばやしさとる)兄
高林聡(たかばやしさとる)智のクラスメイト。同じバスケ部。
 名前が1字違い。智と聡で、ワカタカコンビと言われている。


「お願いっ!」
「えええーーーっ!」
 きっちりと腰を90度に倒して拝まれて、あたしは困ったなぁ・・・と固まった。
 昔っから。
 薫君の「お願い」には逆らえない。薫君だって、わかっててお願いしてる。
 その証拠に、廊下に向いた顔からちらりと目線だけであたしを見上げている。
 もぉ。確信犯なんだから。
「ヤだって回答は受け入れられないんだろうね」
「だな」
「それじゃ、お願いじゃなくて命令じゃない」
「そうとも言う?」
「・・・マネージャしかできないよ?」
「それでもいい。頼むっ! 一緒にバスケ部入って!」
 はあっと、これみよがしに溜息なんかついてみる。無駄なのはわかってるけどね。
「わかった。入ってあげる」
「有難う、菜月ー!」

 結局、こうなる。
 A高校に入学して3日目。この高校は学問だけではなく、スポーツや文化部のクラブ活動が盛んで、生徒は必ずどこかのクラブに所属しなければならない。これといってやりたいことはない無趣味なあたしは、幼馴染の薫君に懇願されて、バスケ部が練習している体育館に向かっていた。
 ここのバスケ部は男女ともに強豪らしく、幼い頃からずっとバスケ三昧だった薫君は、絶対にA高のバスケ部に入るんだと、中学の頃から息巻いていたっけ。
「あ、やってるみたいね!」
 2つある体育館のうち、第2体育館がバスケ部の練習場所。出入口の前には練習を見学している女子生徒の列が出来上がっていた。
「ごめん。通してもらっていい?」
 野次馬観覧人たちを押しのけて、あたしと薫君は体育館の中へと入った。
 誰に声をかければいいかな、と周囲を見回していると、「菜月」と聞きなれた声があたしの名前を呼んだ。
「・・・みっちゃん」
 やっぱり、いるよね。うん、間違いなく。
 あたしが言いよどんでいると、すいっと薫君が前に出た。
「みっちゃん! こんにちは!」
「あれ? 薫も一緒?」
「はい! 入部希望ですっ!」
 元気に宣言した声に、みっちゃんはあたしと薫君の顔を交互にじっと見た。
「・・・2人、とも?」
「はい!」
 言いたいことは、よくわかってる。
 薫君は中学でもバスケ部でみっちゃんとも先輩後輩だったから、入部希望と言われても納得するだろうけど。
 問題はあたしよね。
 身長149cm。長身の2人ががっつり見下ろしているこの低身長で、どの面さげてバスケ部入部というのだ。
「・・・マネージャよ!」
「ああ、なら納得」
 みっちゃんはくすくすっと笑って、誰かを呼びに言った。
 だから嫌だったのよ。よりにもよって、みっちゃんと同じ部活なんて。

 なぜなら。あたしはこの姉が、大嫌いだから。

 バスケ部というだけあって、みっちゃんの身長は169cm。あたしと比べても20cmも差がある。並んで歩いていても誰もあたしとみっちゃんが姉妹だなんて思わない。というか。家族揃うと、あたしだけが部外者のように見える。お父さんもお母さんも大きいのに、なぜかあたしだけがちび。実は養子ですとか告白されても、あたしは納得しちゃうだろう。
 まぁ、顔はお母さんそっくりだから、そんなことを言う人はいなかったけど。
 身長だけじゃなくて。みっちゃんは頭もいいし。共働きの両親に代わって、夕飯を作ってくれたりとか。買物している姿なんて、商店街では「お手伝いする良い子のみっちゃん」で通っている。
 ちびで、成績もそこそこで。姉が作ってくれたご飯を食べている。
 1歳しか違わないのに、この差はなんだろう。
 みっちゃんが優しくて、面倒見がよくて、頼りになる。それを一番間近で見ているからこそ、余計に悔しくてしかたがないのだ。
 いわば、あたしのコンプレックスの対象。逆恨みだってことはあたしもわかっているし。対抗なんて出来るわけもなくて。
 あたしは子供みたいに、ぷりぷりとみっちゃんにそっぽを向くことしかできかかった。

「穂積さんの妹?」
「え? 嘘? 美月、妹なんていたんだ」
 振り返った先輩たちの目線は、あたしじゃなくて薫君に行っていた。
 そうよね。薫君のほうがみっちゃんの妹というキャラクターでは似ているのかもしれない。
 だって。薫君はみっちゃんラブで。口癖は「みっちゃんみたいに格好良くなりたい」なんだから。
 今日は制服でスカートだから、間違えようがないけど。私服姿だったら、薫君を女の子だと思う人は、まずいない。あたしもついつい『薫君』なんて呼んでいるから、2人で歩いているとカップルだと思われたことも多々ある。お互いにそのほうが都合が良くて、否定しないのも問題かもしれない。
「ごめん。妹って、こっちなんだ」
 照れながらあたしの後ろに回って、先輩たちの方へ押しやられた。
 う。これじゃあ、自己紹介せざるをえないじゃない。
「・・・穂積、菜月です。マ、マネージャ希望です」
 眼が点になるって、こういうことか。
 ずらりと目の前に並んだ先輩たちの顔を見て、あたしは変に感心してしまった。
「こっちは、若林薫って言います。正真正銘、バスケ部入部希望者です」
 好奇の視線に晒されて固まってしまっている薫君を紹介する。
 本来の目的は、これなんだった。
「あ、あの。えと。お願いします!」
 あたしやみっちゃんと話すときはなんともないのに。薫君は極度の人見知りで、初対面の人が相手だと、こんなふうになってしまう。
 これで、試合は大丈夫なのかと思うけど。
 試合の時の薫君は、まるで別人だ。絶対、試合の時は何かが憑いていると思う。
 先輩たちの視線が、あたしから薫君に再び戻った。
「大きいね」
「何センチ?」
「あ、はい。171cmです」
「すごーい!」
「まだ伸びるかなぁ?」
「中学でもバスケを?」
「は、い。やって、ました」
「この身長ならセンターよね?」
「わー、すぐにでも使えそう!」
 ああ。先輩がた。お願いだから、あんまり薫君を囲まないで。
 ガッチガチに硬直している姿に、手を差し伸べようとしたとき。
 ヒュッと風を切るような音が聞こえた。
 何が起こったのかわからなかったけど。突然、薫君があたしの前に立ちはだかっていて。その手にはバスケットボールがあった。
 え。何。それ、今、飛んできたの?
 今度、硬直したのはあたしだった。
 自慢じゃないけど。あたしは運動神経も人並み程度。動物並みの反射神経なんて、持ち合わせていない。
 薫君がかばってくれなかったら、もしかしてもしかしたら、あたしにぶつかってたの?
「バカ兄貴っ!」
 薫君が叫んでボールを投げ返した。
 兄貴?
 今、兄貴って言いました?
 くるりと首を回すと、そこににやついた智君の姿があった。あ、そうだった。智君もこの高校だった。
 今更ながら思い出す。
「よっ! 我が愚弟もなっちゃんも、入学おめでと」
「誰が、愚弟だっ!」
 言い合いしながら、パスの応酬って。
 あーあ。この兄妹は。仲が良いんだか、悪いんだか。

「えええええーっ! 若林さんの妹ーーーー?」

 あたしのときよりも、大きな動揺が体育館を揺るがした。









 入部手続きを終えて、今日のところは最後まで練習を見学させてもらった。
「4人で帰るなんて、久しぶりだね」
「小学校以来じゃない?」
「そうかもー!」
 学校からの帰り道を薫君と智君、みっちゃんとあたしの4人で歩いていた。
 同じ方向どころか、家は隣同士だ。
 新興住宅地で、同じ時期に家を建てた2組のご夫婦は、仲良く子供まで同じ年と相成った。
 みっちゃんと智君は同じ年で、1学年下にあたしと薫君。
 あたしが『薫君』と呼ぶようになったのは、幼い頃、お隣さんの喧嘩があまりに凄まじいので、男の子2人の兄弟なんだと思い込んでしまったからだった。幼稚園に通うことになって、あたしと同じピンク色の縁取りの制服姿を見て初めて、薫君が女の子だって知った(男の子は水色の縁取りだった)。
 でも4人で並ぶと、あたし1人だけバランスが悪い。智君は薫君よりも更に身長が高い。
 やだなぁ。1人だけ、お子様みたい。
「なっちゃんがマネージャか」
「だって。薫君が一緒に入部してって言うんだもん」
「はははっ。相変わらず、薫のお願いには弱いんだ」
 智君にはバレてるのか。
 うん。まぁ、そうよね。
「・・・だって。薫君はあたしの初恋の人だもん」
 薫君が男の子だって信じて疑わなかったあたしは、「薫君のお嫁さんになる」宣言までしてるのだ。
 ぽつんと呟くと、智君はまた豪快に笑い飛ばしてくれた。
 だって。可愛かったんだよ、薫君は。
 がさつな智君に必死に対抗して、あたしを守ってくれたんだから。そりゃ、惚れるでしょ。
 そんなんだったから、あたしは薫君にお願いされると、何でも叶えてあげた。到底無理なことまでやろうとして、大目玉を喰らったこともある。それが平気なくらい、薫君は特別なのよ。今じゃ、薫君の方が身体も大きいし、力も強いしで、あたしがやってあげれることは少なくなってしまったけど。それでも、やっぱり特別なの。
「でも、良かったの? 菜月も入りたいクラブとかあったんじゃないの?」
「え? そうなの、菜月?」
「んー? 別にぃ・・・」
 一時期はあたしも一緒にバスケをやっていた。でも、結局は身長が小さくて、それを補うほどの何かがあるわけでもなく。バスケ馬鹿になっていく3人に、置いてかれたような気がしたけど、バスケを辞めてしまった。薫君が試合の時は、応援に行ったりしていたけど、それだけ。3人ほど熱がなかったのかもしれない。
 と言うより、あたしは何に対しても、そこそこで。特別、熱を入れられるほどのものがない。
 薫君のようにスポーツに全力投球な子、恋愛に夢中な子、周りはそんな子たちばかりなのに。
 あたしは、ぽつんと教室の隅っこで座ってる。
 趣味と言えるほどのものもない。ガリ勉するほど勉強もできない。全てにおいて平均点。クラスが離れたら、真っ先に忘れ去られてしまうような、そんな存在だろう。
「大丈夫だよ。ルールもちゃんと覚えてるし。薫君の試合の時、お世話してたから。マネージャの仕事がどんなものかもちゃんとわかってるから」
 3人のことは大好きだ。
 大好きだからこそ、3人とは違う自分に卑屈になっていく。
 嫌いなのは、みっちゃんじゃない。
 あたしが大嫌いなのは、こんな自分だ。

 マネージャの希望者は、あたしの他にあと2人いた。
 3年生の刈谷先輩から、仕事を引き継ぐかたちで教えてもらう。
 ボールやユニフォームなどの備品の管理、試合や練習のときのスポーツドリンクの準備、スコアをつけたり、監督である先生の指導内容をメモしたり。どれも裏方の地味な仕事。
 バスケ部は男女でわかれているから、サッカー部や野球部なんかと違って、男子部員に憧れて女子部のマネージャになるような子はいない。バスケが好きだけど選手にはなれない子だったり、あたしみたいに応援したい女子部の選手がいたり。
 一週間ほどで、だいたい一通りの仕事を教えてもらった。
 3人で分担しながら進めていた。
「あ、なっちゃん。ちょっといいかしら?」
「はい」
 女子部にはみっちゃんもいるから、穂積という苗字ではなく、あたしはみんなから「なっちゃん」と呼ばれるのが定着してしまった。子供っぽくて嫌なんだけど。まぁ、しょうがない。
 刈谷先輩に呼ばれて、あたしは洗濯物を畳むのを任せて、部室から出た。
 女子部キャプテンの嶋本先輩と、男子部キャプテンの佐伯先輩、それからなぜか智君がいた。
 え。何。このラインナップ。
 たじろぎそうになっていると、智君が気づいてにこっと笑ってくれた。怖がっているの、気づかれたのかな?
「もし良かったらなんだけど」
「は、はい」
 嶋本キャプテンの改まった声に、再び緊張する。
「・・・男子部のマネージャをやってもらえないかしら?」
「・・・は?」
 言われた意味がよくわからなくて、あたしはポカンと口を開けた。
 だって。
 男子バスケ部のマネージャは毎年争奪戦だとかで。今年も何人も希望者がいたはずなのに。
「いやぁ。恥ずかしい話。結局、みんなミーハーでさ」
 誰某さんがカッコいいとか、某バスケ漫画に憧れてとか、そんな安易な理由でマネージャを希望してきた人ばかりで、たかだか一週間で全員が音を上げてしまったそうだ。
 うん。まぁ。パッと見、華やかそうだもんね。マネージャって。好きな人とお近づきになれるかも、なんて理由じゃ続くはずがない。
「見抜けなかった俺も悪いんだけど。もう、部活動選定の締切、過ぎちゃってるだろ? だから、大々的に募集するってわけにもいかなくて。女子の方は3人が3人とも続いてるって話だったから。大会も近いし、それまでの間だけでもいいんだけど。1人、回してもらえないかなー・・・って」
「・・・はあ」
 言い訳のように続く言葉に、あたしは何と返事をしていいのかわからなくて、間抜けな声を上げた。
「俺が、だったらなっちゃんがいいなって言ったんだ」
 にっこりと智君が笑う。
 そう言ってくれるのは嬉しいんだけど。
「・・・あたしは・・・」
 薫君がプレイしやすいように。薫君が持てる力を存分に発揮できるように。
 そう思ったから、マネージャになることをOKしたのだ。ここで、寝返るような真似をして、許されるだろうか。
「薫の心配なら、いらないよ」
「でも・・・」
 迷っているあたしの耳元に智君は顔を寄せて、「薫もそろそろ大人にならなきゃな」と言った。
 それって。
「あんまり過保護にしすぎたら、この先、薫は1人じゃやっていけなくなるぜ?」
 違うよ。
 智君、違うんだよ。
 胸が苦しくなる。
 確かに、薫君があたしを頼ってくれているというのは事実だけど。
 それ以上に。
 あたしが、頼られることを望んでいるの。
 大人にならなきゃいけないのは、あたしだ。
 あたしが、いつまでも「薫君、薫君」って言ってるから。
 薫君だって、あたしのそばにいてくれるんだ。
「なっちゃん?」
 長身の先輩たちからは、俯いたあたしの表情は見えないだろう。
 泣きそうになるのを、ぐっと堪える。
 だめ。
 泣いてどうするの。
 それこそ、ただの子供じゃない。
「・・・わかりました」
「え?」
 ぱっと顔を上げて、にっこりと笑う。
「男子バスケ部のマネージャ、お引受けします」
 言うと、みんながほっとした顔になった。
「よかった! じゃあ、お願いします」
 佐伯キャプテンは、何度も有難うと頭を下げた。

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