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2008.07.17 Thursday

傷だらけの僕ら 本編06

負けず嫌い同士のケンカ
 この一年半ほどの間、翔に本音をぶつけてきた人間はいなかった。
 境中のサッカー部のメンバーは、誰もが航の存在を知っている。仲がよかったはずの双子の片方が突然、サッカー部を辞めてしまったのだ。誰だって仲違いしたのではないかと邪推する。翔自身が戸惑っていた以上に、周囲も戸惑っていたはずだ。
 松永が言ったように『相手に合わせるパス』を出していたことに間違いはない。
 それは、力を抑えたパスだし、敵にも読まれやすいパスだった。
 自分でも、そうとわかっていてやっていたのだ。航へのパスを同じパスを出したところで、誰もついてこれないと勝手に決め付けて。
 多分、みんなだってそれに気付いていたはずだ。
 だが、誰一人としてそれを翔に問い詰めたりしなかった。理由を知っていたから―――。
「いいんだ。本当のことだから」
 認めてしまうと、こんなにも簡単なことだったんだ。
 何を怖がっていたんだろう。
 本気のパスを出せる相手がいないこと?
 航が、もう戻ってこないこと―――?
「本当って・・・」
「決勝戦、見てたんならわかっただろ?」
 意地悪く自分では答えずに、質問で返す。秋葉はもうわかっているはずだ。だからこそ、あんなことを言ってきたんだ。
「・・・お前の本気のパスを取れるFWがいないってことか?」
「正解。・・・サッカーはチームプレイだって言ったろ? 俺が本気でパスを出したって、FWが取れないんじゃ点にならない。点が取れなきゃ勝てないんだ。手を抜いてるわけじゃない。点を取れるパスを出してんだ」
「だったら、お前がそのままシュート決めりゃいいだろ」
「俺はパサーなんだ。ゴール決めれるほどの威力はないよ」
「・・・あいつは・・・」
 秋葉が口篭る。だが、それも一瞬だけで、もう何を言っても怖くないとでもいうかのように、真っ直ぐに翔を見返してきた。
「双子の片割れなら、本気のパスを出せたっていうのか?」
「・・・航だよ。双子ってひと括りにしないでくれる?」
「じゃあ、その航相手じゃないと、桐生は本気を出せないのか?」
「翔でいいよ」
 ずっと翔と航、と名前で呼ばれてきたから、桐生と苗字で呼ばれることに慣れていない。
 これだけ言い合いをしながら、名前で呼べなんて。言ってることがちぐはぐだ。
「『相手に合わせるパスを出す』ってのが俺のサッカーだ」
 幼い頃。近所の子供たちが集まってボールを蹴っていた頃からの翔のプレイスタイルだ。
 当時からずっと一緒にサッカーを続けている友達もいるけれど。他に遊ぶことがないから、とりあえず一緒に混ざってボールを蹴っていたという友達もいる。そんな子供たちにしてみれば、上手い子たちだけでパスしあうような遊びだと嫌気がさしてくる。
 田舎すぎて他の遊びもないし、みんなで仲良く遊ぶにはそんな子供たちにもボールを回して、サッカーが面白いスポーツなんだと楽しませなければならない。それでなくても少ない人数なのだから、抜けられるとミニゲームにすらならない。
 相手のスピードに合わせて、ちょうど足元に届くようにゆるやかにぽーんと放る。
 航は優しいパスだと言ったけれど。
 本当は、全然、そんな意味合いじゃない。自分たちがサッカーを続けたいがための、酷く利己的な力を抜いたパスだった。
 そのプレイスタイルが認められ評価される度に、どんどん気分が悪くなっていく。
 本当に俺がやりたいのは。航に向けて出していたような、わくわくするようなパスを出すことなのに。
「・・・俺に、出してみろよ」
 長い沈黙の後、秋葉が呟いた。
「航に出してたのと同じパス、俺にも出せよ、翔」
 真っ直ぐに挑戦的なFWの眼。剥き出しの闘志がびしびしと伝わってくる。
 秋葉がどれほどのプレーヤーなのか知らない。でも、この眼は知っている眼と似ていた。
「・・・後で痛い目見てもしらないぜ?」
「ほざいてろ。絶対に取ってやる」
 子供みたいにムキになっている秋葉が可笑しくて、翔も小さく息を吐いた。

 やはりどこか緊張していたのか、ベッドに入ってもすぐには寝付けなかった。
 それでも、朝はいつも自主トレに出ていた時間に眼が覚めてしまった。習慣というのは怖いな。
 どうもこれ以上は眠れそうにもないし、スウェットに着替えると、シューズとサッカーボールを持って、そっと部屋を出た。
 ひんやりとした廊下は、まだ静まり返っている。さすがに五時では誰も起きていないか。学校の敷地内だけでも、かなり広大なようだから、周囲をぐるりと走ってくればいい。午前中にサッカー部の練習があるとは言われたけど、朝の日課は変えれそうになかった。
 音を立てないように気をつけて玄関に向かう。あ、鍵とか閉まってんのかな・・・?
 玄関手前にある寮監室を覗く。
「お? 早いね、桐生君」
「おはようございます」
「うん。おはよう。自主トレかい?」
「はい・・・。出てもよろしいですか?」
「いつも五時前後で開けてるから、気にせず出ていいからね」
「わかりました。ありがとうございます」
 框に座ってシューズを履く。紐をきゅっと結ぶと、気持ちまで引き締まる気がする。ボールを小脇に抱えて、外へ出た。
 昨日の朝はかなりの冷え込みで、翔の家の辺りでも雪が積もっていた。ここは標高があるから、もっと積もったかもしれない。山麓に位置するせいか、薄くもやがかかっていた。
 寮の位置と周囲の建物を見回して、とりあえずグラウンドのほうへ行ってみようと走り出した。校舎と寮と体育館やグラウンドといった施設。中等部と高等部とがあるから、規模はかなりのものだ。ぐるりと敷地内をひと回りするだけで、いいランニングになりそうだ。

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