■ ■ ■ 酔いどれ
夕方、郁と手塚は同期会だということで、定刻で早々に帰路についた。
先日から話を聞いていたから、「明日の業務の支障にならないように、飲みすぎるなよ」とだけ言って送り出した。
業務部は女性のほうが多いが、図書隊全体をみると圧倒的に男性のほうが多い。
特に図書特殊部隊は、郁が始めての女性隊員だ。毎日、そんな中で訓練や実務に励んでいるのだから、たまには年相応の女性同士ですごす時間も必要だろう。
そんな親心のようなもので送り出したはいいが。
あいつ、酒に弱いんだよな・・・。
同じ班ということもあって、何度か一緒に飲む機会があった。
大学時代も書士の資格を取るために奔走したとかで、今時の大学生のように遊び歩くこともなかったらしく、飲み会慣れしていない。
アルコールを受け付けないというわけではないようだが、単に飲み慣れていないだけだろう。
まぁ、23歳で、わくだとかざるだとか言われるのも如何なものかと思うが。あまりにも慣れてないのもどうだろう?
酔い潰れて、他の男に―――。
そんなもやもやが消えない。
無性に腹立たしくなってきて、アルコールの力に頼ることにした。
だが、部屋で一人淋しく呑むのも虚しい。
出掛けるか・・・と、シャワーを浴びて着替えた。
「あれ? 堂上、出るの?」
そういうときに限って、会いたくない人物と鉢合わせするものだ。
堂上が出掛けようとしている理由を本人以上に理解している小牧とばったりと顔をあわせてしまった。
「・・・ああ」
「ふうん・・・? じゃあ、俺も行こうかな」
「好きにしろ」
ここで拒否するのも咋過ぎる。
結局、二人で行きつけのバーに出向く破目になった。
「そういえば、手塚と笠原さん、同期会だったよね?」
「ああ」
「同期かぁ・・・。俺たちの同期も、随分、減ったよねー」
「そうだな」
いつものことだが、小牧と二人で飲んでいると、話すのは小牧ばかりで、堂上は相槌をうつだけだ。
からん・・・と、小さな音を響かせて氷が解ける。
アルコールと融けだした水が混ざり合うマーブル模様を眺める間もなく、グラスを口に運ぶ。
「二人とも、久しぶりに気が張らない飲み会だから、飲みすぎてるかもねー」
小牧の余計な一言が、堂上のペースを上げた。
会話すら面倒になってきて、ただ杯を重ねる。
酒を楽しむというよりは、単に酔いたいだけ。酔って、今、自分が抱えている憂いを払いたいだけ。
自分でもわかっていた。悪い酒だと。
それでも、止まらなかった。
量は、言うほど飲んでいないはずだ。こんなもの、図書特殊部隊の全員を相手取って飲み比べをしたときに比べれば、どうってことない。
隊長である玄田をも唸らせたほどの酒豪だったはずなのに―――。
「帰る」
そう言って席を立った。
自分ではしっかりと立っているつもりだった。
そのはずなのに―――。
「堂上ッ!」
焦った小牧の声とともに、右腕を掴まれた。
その感覚さえも、どこか遠い場所での出来事のような気がする。
「いくら俺でも、お前を支えるのは無理だって・・・」
小牧の苦笑いが聞こえる。
「何言ってんだ、小牧?」
「うわー・・・。自覚なしかよ。最悪」
お前、立ってないよ、と小牧が冷ややかに言う。
だが、自分ではしっかりと地に足がついていると思っている。ビルの二階にあるバーから出て、階段を下りるときには、小牧の焦った声がやけにと奥に聞こえていた。
隣にいるはずなのに、どこか変だ。
これが、酔っ払うというヤツか?
ぼーっとしているのに、それでいて冷静に分析している自分もいる。
「まぁ、いいや。帰ろうか、堂上?」
呆れ顔で笑った小牧に支えられて歩く。
こんな時ばかりは、身長差を思い知らされる。165cmしかない自分と並ぶために、小牧は無理に身体を屈めていた。
「・・・悪い」
「たまには、乱れてもいいんじゃない? 堂上、いつも優等生だからさ」
それは、お前だろう―――。そう言ったつもりが、言葉にはなっていなかった。
優等生であろうとしたことなど、一度もない。
身長のことでバカにされたりからかわれたりするたびに、力でねじ伏せてきた。喧嘩なんて生易しいものじゃない。大怪我させた相手は両手の指じゃ足りないくらいだ。
図書隊という組織の中では、それが際立って見えるだけのこと。
喧嘩ならば、自分と相手と二人だけの問題で済んだ。だが、組織同士の闘争となると、それだけでは済まない。自分の感情だけで突っ走って、味方まで巻き込んでどうする?
優等生であろうとしたんじゃない。
大事な人たちを守るために、自分を抑えることを学んだだけだ。
でも。
最近は、その箍が外れかかっていることも、堂上は自覚していた。
アイツだ。アイツ。
あのバカが、昔の自分のように突っ走るから。
だが、ああいったタイプは、自分と同じように痛い目に合わないと、わからないのかもしれない。
できれば、そんな目に合って欲しくないと思うのは、自分のエゴか。
「・・・堂上?」
「あいつ、辞めないよな」
「あいつって、笠原さんのこと? 辞めて欲しいんじゃなかったの?」
「今更、辞められちゃ困る」
「矛盾したこと言ってるねぇ・・・」
小牧が苦笑しながら、よいしょっと声をあげて堂上を担ぎなおした。
名前も知らない。たった一度、会っただけの少女。
震える背中で、それでも毅然として立ち向かっていく後姿。
それは、自分の過ちとともに、苦い思い出として記憶の片隅に居座り続けるだけのはずだった。
それなのに―――。
「目の届くところにいてもらわないと、心配で落ち着かん」
「素直に認めたら? 楽になるよ」
「それは、お前の経験か?」
「さあ? どうだろ?」
核心部分になると、小牧は進んで話そうとはしない。それは堂上も同じか。
しばらくの間、二人とも無言でただただ歩を進めていた。
堂上は郁のことを考えていた。小牧もきっと毬江のことを想っているのだろう。
今ごろは、宴たけなわといったところか。
郁が言っていたとおり、気心の知れた手塚や柴崎が一緒なのだから、心配する必要はないのだろうが。
気になるものは気になるんだ。
堂々巡りを繰り返す思考は、酔っているせいなのか。
酔いを払おうと頭を振ったつもりが、ぐらりと視界が歪んでいった。
「堂上ッ!」
かろうじて、小牧が名前を呼んでいたのは覚えている。
だが、堂上の思考は、そこで途絶えた。
これは、夢だ。
回らぬ頭でも、それはわかる。
現実であるはずがない。
郁が俺の部屋にいて、ましてや、自分が抱き締めているなんて。現実なわけがない。
いくら鍛えているとは言っても、やはり女の身体らしく、ふにゃりと柔らかな感触がする。堂上とて、今まで女性と付き合ったことが無いわけではない。
「しばらく、このままでいろ」
その感触をずっと味わっていたくて、そんなことを言ってみる。
「あ、あのっ。ど、ど、堂上、教官?」
郁の焦った声が可笑しくて、抱き締める腕に更に力をこめた。
そうだな。小牧の言うとおりだ。
試験会場で、郁と再会したときから気づいていた。
あの時の少女に恋をしていたのだと。
それを認めるのが悔しくて、わざと厳しくあたったりもした。図書隊が危険な仕事だということは、自分が嫌というほどわかっているから。出来ることなら、そんな仕事には就いて欲しくなかった。郁が図書隊を辞めて、会えなくなったとしても、それでもいいと思った。
でも、そうじゃない。
本当は、こうやって抱き締めたかったんだ。
腕の中に閉じ込めて、俺が守ってやりたかったんだ。
郁の温もりを感じて、堂上の意識は再び闇の中へと落ちていった。
目覚まし時計の音で叩き起こされた。
昨夜は、小牧と飲んで―――。
まずい。途中から記憶がない。
しっかりとベッドに入って布団を被って眠っているが、どうやって帰ってきた?
顔を洗って食堂へ行くと、小牧が軽く手を挙げた。
「おはよう」
「ああ、おはよう」
正面に座ると、小牧はじっと堂上を見つめてきた。
「何だ?」
「いや・・・。二日酔いにはなってないみたいだね」
「ああ・・・。そう言えば、途中から覚えてないけど、どうやって帰ってきたんだ?」
堂上が言うと、小牧は一瞬動きを止め、その後で、盛大に笑い出した。
先日から話を聞いていたから、「明日の業務の支障にならないように、飲みすぎるなよ」とだけ言って送り出した。
業務部は女性のほうが多いが、図書隊全体をみると圧倒的に男性のほうが多い。
特に図書特殊部隊は、郁が始めての女性隊員だ。毎日、そんな中で訓練や実務に励んでいるのだから、たまには年相応の女性同士ですごす時間も必要だろう。
そんな親心のようなもので送り出したはいいが。
あいつ、酒に弱いんだよな・・・。
同じ班ということもあって、何度か一緒に飲む機会があった。
大学時代も書士の資格を取るために奔走したとかで、今時の大学生のように遊び歩くこともなかったらしく、飲み会慣れしていない。
アルコールを受け付けないというわけではないようだが、単に飲み慣れていないだけだろう。
まぁ、23歳で、わくだとかざるだとか言われるのも如何なものかと思うが。あまりにも慣れてないのもどうだろう?
酔い潰れて、他の男に―――。
そんなもやもやが消えない。
無性に腹立たしくなってきて、アルコールの力に頼ることにした。
だが、部屋で一人淋しく呑むのも虚しい。
出掛けるか・・・と、シャワーを浴びて着替えた。
「あれ? 堂上、出るの?」
そういうときに限って、会いたくない人物と鉢合わせするものだ。
堂上が出掛けようとしている理由を本人以上に理解している小牧とばったりと顔をあわせてしまった。
「・・・ああ」
「ふうん・・・? じゃあ、俺も行こうかな」
「好きにしろ」
ここで拒否するのも咋過ぎる。
結局、二人で行きつけのバーに出向く破目になった。
「そういえば、手塚と笠原さん、同期会だったよね?」
「ああ」
「同期かぁ・・・。俺たちの同期も、随分、減ったよねー」
「そうだな」
いつものことだが、小牧と二人で飲んでいると、話すのは小牧ばかりで、堂上は相槌をうつだけだ。
からん・・・と、小さな音を響かせて氷が解ける。
アルコールと融けだした水が混ざり合うマーブル模様を眺める間もなく、グラスを口に運ぶ。
「二人とも、久しぶりに気が張らない飲み会だから、飲みすぎてるかもねー」
小牧の余計な一言が、堂上のペースを上げた。
会話すら面倒になってきて、ただ杯を重ねる。
酒を楽しむというよりは、単に酔いたいだけ。酔って、今、自分が抱えている憂いを払いたいだけ。
自分でもわかっていた。悪い酒だと。
それでも、止まらなかった。
量は、言うほど飲んでいないはずだ。こんなもの、図書特殊部隊の全員を相手取って飲み比べをしたときに比べれば、どうってことない。
隊長である玄田をも唸らせたほどの酒豪だったはずなのに―――。
「帰る」
そう言って席を立った。
自分ではしっかりと立っているつもりだった。
そのはずなのに―――。
「堂上ッ!」
焦った小牧の声とともに、右腕を掴まれた。
その感覚さえも、どこか遠い場所での出来事のような気がする。
「いくら俺でも、お前を支えるのは無理だって・・・」
小牧の苦笑いが聞こえる。
「何言ってんだ、小牧?」
「うわー・・・。自覚なしかよ。最悪」
お前、立ってないよ、と小牧が冷ややかに言う。
だが、自分ではしっかりと地に足がついていると思っている。ビルの二階にあるバーから出て、階段を下りるときには、小牧の焦った声がやけにと奥に聞こえていた。
隣にいるはずなのに、どこか変だ。
これが、酔っ払うというヤツか?
ぼーっとしているのに、それでいて冷静に分析している自分もいる。
「まぁ、いいや。帰ろうか、堂上?」
呆れ顔で笑った小牧に支えられて歩く。
こんな時ばかりは、身長差を思い知らされる。165cmしかない自分と並ぶために、小牧は無理に身体を屈めていた。
「・・・悪い」
「たまには、乱れてもいいんじゃない? 堂上、いつも優等生だからさ」
それは、お前だろう―――。そう言ったつもりが、言葉にはなっていなかった。
優等生であろうとしたことなど、一度もない。
身長のことでバカにされたりからかわれたりするたびに、力でねじ伏せてきた。喧嘩なんて生易しいものじゃない。大怪我させた相手は両手の指じゃ足りないくらいだ。
図書隊という組織の中では、それが際立って見えるだけのこと。
喧嘩ならば、自分と相手と二人だけの問題で済んだ。だが、組織同士の闘争となると、それだけでは済まない。自分の感情だけで突っ走って、味方まで巻き込んでどうする?
優等生であろうとしたんじゃない。
大事な人たちを守るために、自分を抑えることを学んだだけだ。
でも。
最近は、その箍が外れかかっていることも、堂上は自覚していた。
アイツだ。アイツ。
あのバカが、昔の自分のように突っ走るから。
だが、ああいったタイプは、自分と同じように痛い目に合わないと、わからないのかもしれない。
できれば、そんな目に合って欲しくないと思うのは、自分のエゴか。
「・・・堂上?」
「あいつ、辞めないよな」
「あいつって、笠原さんのこと? 辞めて欲しいんじゃなかったの?」
「今更、辞められちゃ困る」
「矛盾したこと言ってるねぇ・・・」
小牧が苦笑しながら、よいしょっと声をあげて堂上を担ぎなおした。
名前も知らない。たった一度、会っただけの少女。
震える背中で、それでも毅然として立ち向かっていく後姿。
それは、自分の過ちとともに、苦い思い出として記憶の片隅に居座り続けるだけのはずだった。
それなのに―――。
「目の届くところにいてもらわないと、心配で落ち着かん」
「素直に認めたら? 楽になるよ」
「それは、お前の経験か?」
「さあ? どうだろ?」
核心部分になると、小牧は進んで話そうとはしない。それは堂上も同じか。
しばらくの間、二人とも無言でただただ歩を進めていた。
堂上は郁のことを考えていた。小牧もきっと毬江のことを想っているのだろう。
今ごろは、宴たけなわといったところか。
郁が言っていたとおり、気心の知れた手塚や柴崎が一緒なのだから、心配する必要はないのだろうが。
気になるものは気になるんだ。
堂々巡りを繰り返す思考は、酔っているせいなのか。
酔いを払おうと頭を振ったつもりが、ぐらりと視界が歪んでいった。
「堂上ッ!」
かろうじて、小牧が名前を呼んでいたのは覚えている。
だが、堂上の思考は、そこで途絶えた。
これは、夢だ。
回らぬ頭でも、それはわかる。
現実であるはずがない。
郁が俺の部屋にいて、ましてや、自分が抱き締めているなんて。現実なわけがない。
いくら鍛えているとは言っても、やはり女の身体らしく、ふにゃりと柔らかな感触がする。堂上とて、今まで女性と付き合ったことが無いわけではない。
「しばらく、このままでいろ」
その感触をずっと味わっていたくて、そんなことを言ってみる。
「あ、あのっ。ど、ど、堂上、教官?」
郁の焦った声が可笑しくて、抱き締める腕に更に力をこめた。
そうだな。小牧の言うとおりだ。
試験会場で、郁と再会したときから気づいていた。
あの時の少女に恋をしていたのだと。
それを認めるのが悔しくて、わざと厳しくあたったりもした。図書隊が危険な仕事だということは、自分が嫌というほどわかっているから。出来ることなら、そんな仕事には就いて欲しくなかった。郁が図書隊を辞めて、会えなくなったとしても、それでもいいと思った。
でも、そうじゃない。
本当は、こうやって抱き締めたかったんだ。
腕の中に閉じ込めて、俺が守ってやりたかったんだ。
郁の温もりを感じて、堂上の意識は再び闇の中へと落ちていった。
目覚まし時計の音で叩き起こされた。
昨夜は、小牧と飲んで―――。
まずい。途中から記憶がない。
しっかりとベッドに入って布団を被って眠っているが、どうやって帰ってきた?
顔を洗って食堂へ行くと、小牧が軽く手を挙げた。
「おはよう」
「ああ、おはよう」
正面に座ると、小牧はじっと堂上を見つめてきた。
「何だ?」
「いや・・・。二日酔いにはなってないみたいだね」
「ああ・・・。そう言えば、途中から覚えてないけど、どうやって帰ってきたんだ?」
堂上が言うと、小牧は一瞬動きを止め、その後で、盛大に笑い出した。
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