■ ■ ■ 呪縛(修正版)
1.邂逅(遥視点)
社長室に行けと言われて、メンテに行く。
↓
終えて部屋を出て行くところまで。
2.記憶(光視点)
最初はわからなかったけど、ぴんと真っ直ぐに伸びた後姿を見て思い出した。
あの時の彼女だ。
ワイズの本社ビルは、1階が若手のギャラリーになっていて、一般公開している。
年に一度、創立記念日に、全社員をそのフロアに集めて立食の簡単なパーティーがある。
一応、次期社長なんて言われてるから、光征の名前と顔を社内で知らない人間はいないだろう。
挨拶とか面倒で、吹き抜けになっている2階廊下から見下ろしている。
いつも社長室を頼んでいる水木のとなりにいる女性に目が行く。
挨拶にきた人にお辞儀をしているが、その姿勢がすごく美しい。
よく見れば、立ち姿も背筋が伸びていて、パンツスーツ姿がきりりと引き立っている。
顔まではよく見えなかったけど、その後姿がやけに印象に残っていた。
まるで自分ひとりで生きているとでもいうような。人を寄せ付けない姿。
その後、社内で姿を見ても「あ、星野だ」とわかるようになった。
だが、いつ見ても、彼女は1人だった。人に囲まれていても、1人に見える。
なぜだろう。彼女を取り囲むオーラのようなものが、そう見せるのだろうか。
3.拒絶(遥視点)
専務に気に入られてしまったみたいで、少し困惑している。
そんな折、夜勤中にいつもの休憩所にいると、私用の電話が入る。
それは高校卒業から連絡を取っていなかった由衣からで。同窓会をしようというものだった。
「・・・帰るつもりはないから」冷たく言って電話を切る。
ふうっと溜息をついていたら、いつのまにか後ろに専務がいた。
「こんな穴場、あったんだな」と、狭い場所に光征も入ってくる。
男に免疫がないとは言わない。大学も工学部だったし、今も周囲は男ばかり。
でも。光征は距離が違う。「男と女」の距離に入り込んでくるのだ。
触れられそうになって、すっとかわして仕事に戻る。
4.好意(光視点)
次期社長という肩書と、28歳という若さと、それなりのルックスと。
これだけ揃えば、自分にそのつもりがなくても女が寄ってくる。
元々、それほど女好きというわけでもないし。第一、恋愛しているほど暇じゃない。
仕事人間と言うわけでもないけれど。自分には仕事以外に何もない。
透のように何らかの芸術家としての才能があれば違ったかもしれない。
でも。自分にはそんなものなくて。
まったく別の分野に進みたいと思えるほど熱中したものもない。
空っぽの自分には、結局、親の後を継ぐという、簡単なレールを歩むしかなかった。
今の仕事は嫌いじゃない。
何かを生み出す才能はなかったけれど、幼い頃からそういったものに触れていたせいか、
売れるもの、人気が出るだろうものを嗅ぎ分けることができる。これもある意味、才能か?
採用する企画の判断、売り出す商品の判断、その判断力が抜群と言われている。
遥に目が行くようになった理由は、自分でもよくわからない。
恋愛をしたことがないわけでもないが、これは恋心と呼んでいいのか?
彼女を見ると嬉しいとか。近くにいるとドキドキするとか。
高校生の恋愛のような、淡い感情があるというわけでもない。
ストレートに彼女に触れたいとか、抱きたいとか。そんな邪まなものでもなくて。
よくわからなくて、結局、感情をもてあましていた。
盗み聞きするつもりじゃなかったけれど、偶然通りかかって電話を聞いてしまった。
遥の声しか聞いていないから、どんな内容だったのかはよくわからないけれど。
「帰らないから」と言い放った彼女の声が、微かに震えていたような気がして。
つい、声をかけてしまった。
少し話したけど、誤魔化すように遥は仕事に戻っていった。
なんだろう。彼女のことをもっと知りたいと思った。
専務の特権を悪用して、彼女の履歴書を見る。
住まいはアパート。一人暮らしらしい。学歴・職歴には大学の名前だけ。出身がどこかもわからない。
それが、さっきの拒絶の態度とあいまって。
彼女は過去の何かを隠している?と、よけいに気になった。
5.休息(遥視点)
土曜の朝は、人の活動が一番少ない時間帯なのかもしれない。
休日担当の派遣さんに引継をして、遥は帰路についた。
今のところ、そんなに眠くない。何か食べて帰ろうと、繁華街に向かって歩き出した。
少し早いランチを食べていると、メールが届く。
ヒロ君から、今晩、行っていい?という内容。「OK」の返事を書く。
ヒロ君は不思議なコだ。知り合ってから半年ほど。時々、思い出したように「泊めて」と言ってくる。
身体の関係はない。本当に、アパートに泊まるだけ。
友達のところを点々としているらしいから、最初はホームレス?とか思ったけど。
家に帰りたくないのだという話だった。それは自分とも似ていて。つい、言うことを聞いてしまう。
夜にふらっとやってきて。ご飯を食べて。彼も大学の工学部だとかで、そんな話を少しして。
丸くなって眠るだけ。朝、起きたら朝食を食べて。「じゃ、またね!」と出て行く。
猫みたいだなって思う。野良猫じゃなくて、血統書付の猫。多分、育ちはいい。
泊まり歩いているという割には身なりがいいし。言葉遣いや仕草とか。そういったものがきちんとしている。
恋人というわけでもないし。セフレってわけでもない。
ただ、2人でそうやって過ごす時間が、最近は大切になっていた。
自分をリセットできているような。そんな感じがする。
6.接近(光視点)
今週は社長(父)が会社にいたので、光征が社長室に居座ることはなかった。
久しぶりに自室(専務室)で、膨大な「開発依頼書」を処理していた。
光征の下についているのは河南(26歳くらいかな)で、普段は彼に任せているが、
河南が判断できないものは保留とされていて、光征に回ってくる。
定時を過ぎてしばらくして、河南は「すみません。早いのですが、今日はこれで」と珍しく帰るという。
「ん? デートか?」と埒もないことを聞いてしまった。
河南も真面目で。「同期の送別会です」と。
札幌で取った仕事に就くために、建築部門の同期がしばらく向こうへ赴任するという。
「ああ、建築は1個任されると長いからな」「ええ。しかもD社の新社屋ですから。2年がかりだそうです」
「札幌か・・・。ラーメン、美味いのかな」「専務、意外と庶民的ですよね」
「そりゃ、今は専務とかってちやほやされてるけど、親父が起こした会社なんだ。
俺が子供のころは、もっと規模も小さくて。毎月、ひーひー言ってたよ」
「・・・そうですね。まだ、25年ほどの会社ですからね」「そういうこと。だから俺も庶民なんだよ」
「けど。俺、いつからそんな飲み会に出てないかなぁ・・・」「接待で飲んでるでしょ?」
「接待なんて、飲んだうちに入るかよ。気心知れたヤツらと、飲んで騒いで女の子としゃべって・・・って」
「コンパじゃありませんよ。今日のは」「最近、正輝としか飲んでねぇな」
「・・・専務も来ます?」「は? 同期会だろ? 俺が行ったら・・・」「移動するの、扇ですよ」
「扇って、あの扇か?」「ええ。あの扇です」>ちょっと因縁があって知ってる。
「あれ、お前等、同期?」「俺、院卒なんで、年は違いますが同期です」「ああ、そうか」
「・・・んじゃ、祝宴ってことで、無礼講だよな? 正輝も連れてく」「はい。幹事に伝えます」
「増えて、大丈夫か?」「そこらの大衆居酒屋ですから。2人くらいなら猶予あります」
そして、河南と行くと遥がいる。「・・・お前も同期か?」
「えー? 専務、星野と知り合い?」「俺がぶっ壊したパソコン、修理してもらった」
「でたっ。クラッシャー柚澤!」「誰がだっ!」
遥は飲みすぎたのか、居酒屋を出たときには足元がふらふらしていた。
「悪い、飲ませ過ぎたか?」「いえ。私も断らなかったので、自業自得です」
「専務ー! 責任持って星野を送ってくださいよ」>扇のツッコミ>悪気なし
「1人で、帰れますから」と、最初は固辞したが自力で立てないので説得力なし。
「送ろう」と言って、タクシーに一緒に乗る。
だが、すぐに遥が眠ってしまう。履歴書見ていたので、大まかな住所は覚えているが、正確にはわからない。
しばらく悩んで、自分のマンション(自宅じゃなく、個人的に借りているところ)へ連れて行く。
7.酩酊(遥視点)
同期の飲み会だったはずなのに、なぜか光征が来た。
困惑して、ついつい飲みすぎてしまった。途中から、もうどんな会話をしたのかも覚えていない。
目を覚ましたら、知らない部屋でベッドに寝かされていた。
ハッとして服を見ると、そのまま。
見たところ、ラブホってわけでもなさそうだし。かといってどこかのホテルという雰囲気でもない。
広い部屋に、大きなベッドだけ。壁の一面が作りつけのクローゼットになっているようだけど、覗く勇気はない。
少し眠ったせいか、酔いは少しおさまっている。
思い切ってドアを開けてみると、そこには廊下。誰かの家だろうか?
明かりが漏れているのを見つけて、そのドアを開けた。
リビングルームらしいその部屋も、かなりの広さ。カーテンが開けられたままの窓からは夜景が見下ろせる。
ここ、どこ?
「起きたのか?」
突然、声をかけられてびっくりして見ると、リビングから続いているキッチンの方から光征がくる。
「柚澤・・・、専務」「家がわからなかったから、緊急避難ってことで許せ」
「あ、いえ。ここは・・・」「俺の避難場所」「ひ、なん?」「家に帰りたくないとき、ここ来んの」
そのためだけに、こんな広い部屋を持っているなんて。さすがに、感覚が違う。
光征は手にお酒の入ったグラスを持ってる。「コーヒー・・・くらいなら淹れれるけど。飲む?」
「えっと。お水をいただきたいんですけど・・・」「了解。そこ、座ってて」
そこというのは、2人掛けのソファか。それしか見当たらない。
冷蔵庫の開く音がして、遥の前に水の入ったグラスが置かれた。
光征は向かい側の床にそのまま座った。
「もう、終電もないし。泊まってっていいよ。俺、こっちで寝るし」
「いえ、そんな・・・。ご迷惑おかけできません。タクシーで帰ります」
「家、どこ?」「○○です」「ここからじゃ、遠いよ? 1万円越えるなぁ・・・」「え?」
「大丈夫。寝室、鍵がかかるから」「でも・・・」「自分の会社の専務を信用できない?」
痛いところをつかれ、「じゃあ・・・・。すみません」と、折れる。
光征は酒を飲みながら、床に広げた書類を見ている。まだ、仕事をするのか?
「あ、気にしなくていいから。眠くなったら、勝手に寝て? 俺、まだコレあるから」
そう言われても・・・。そう言われると、余計に自分だけが眠るのが悪いことのような気がする。
「・・・お手伝いできることがあれば・・・」言っていて途中で、口篭る。
自分が手伝えることなんてあるはずないじゃない!と、我に返る。
光征は目を丸くして、こっちを見ている。バカなこと言ってとか思ってるんだわ。
「・・・ふうん? じゃあ、手伝ってもらおうかな・・・」
光征は手にしていたグラスの中身を飲み干すと、ずいっと遥の方に身を寄せた。
「んん・・・」
訳がわからないうちに唇を塞がれていた。無理矢理、口移しでアルコールを飲まされる。
ブランデーの原液だ。かーっと喉が熱くなる。
「お前のせいだからな・・・」
吐息混じりに囁かれた声に身体も熱を帯びた。
8.後悔(光視点)
酔ったせいだというのは、ただの言い訳だ。
パンツスーツに、首元まできっちりボタンを締めたシャツ。
ベッドに寝かせるとき、苦しいだろうと、首元のボタンを外した。
そのせいで、無防備な素肌が覗いている。
なんだ。俺、結局、抱きたいとか思ってたんだ。
気づいたときには、もう唇を重ねていた。熱いのは、自分の身体か遥のほうか。
柔らかな唇の感触。抱き締めた細い体。甘く誘うような香り。
やばい。もう、止まらない。
「やっ・・・!」
逃れようと身動ぎしている身体を押さえ込んで、服を脱がす。
無理矢理やろうとしたけど、遥が男慣れしてないことに気づく。
「・・・お前、もしかして・・・、バージンか?」
一気に酔いが醒めた。処女が面倒だとか、そうは思っていない。
男としては、『初めての男』という変な栄誉のようなものがあることは認める。
女にとって、それだけ初めての男というものが、大事なこともわかっている。
それを、俺は・・・。
「・・・ごめん」
服を直して、乱れた髪を梳いて整えると、光征は空のグラスをもってキッチンに向かった。
ウイスキーを並々と注いで、一気にあおる。
ソファの遥は自分の体を抱き締めるように両腕を回してうつむいている。
「・・・シャワー、浴びるか?」声をかけても、小さく頭を振っただけ。
泣いているのかと思った。けど、そうじゃなくて。放心していると言ったほうがいいのか。
この年なんだから知識がないとは思わないけれど。
何が起こったかわかってない・・・なんてこと、ないよな?
どう声をかけていいか悩んで、ベッドルームから毛布を持ってきて、後からかけた。
遥はびくりと肩を震わせる。やっぱり、そうとう怖がらせてしまった。
ゆっくりと、そうっと静かに両手を回す。
「怖がらせて、ごめん。でも、酔った勢いってだけじゃないから。俺、遥が好きだから」
9.混迷(遥視点)
「好きだから」
何を言われているのか、よくわからなかった。
好き? 好きって・・・? 専務が? 私を? どうして、私なんかを?
恋なんてしない。誰かを好きになったりなんかしない。
だって。恋なんて、苦しくて苦しくて、たまらないものなんでしょう?
お母さんだって、いつも泣いてた。皐月さんだって、泣いてた。
だから。私は恋なんてしない。誰かを好きになったりなんかしないって、心に誓ったのに。
からかってるの? そうよ。からかってるんだわ。
桧村さんと二人して、私が落ちるかなんて、かけでもしてるんだわ。
男の人なんて、いつもそう。こっちが喜んだら、「そんなことあると思ってるのかよ」なんて、
嘲笑うのよ。馬鹿にしてるんだわ。
「ごめんな」
光征は何度もそういって、頭を撫でる。まるで、子供をあやすみたいに。
最初はがくがくと震えていた体も、いつのまに震えは止まっていて。
いつのまにか、私は眠っていた。
目を覚ますと、またあの広い部屋のベッドに寝かされていた。
リビングにも光征の姿はない。
テーブルの上にメモが置かれている。
「仕事なので、出ます。鍵はオートロックになっているから、気にせず出ていいよ。
駅へ行くには、マンションを出て左に行けば○○駅に出れます」
最後に、また、ごめんとある。
今日は土曜日なのに。仕事してるんだ。
室内をよくみると、ほとんど物がない。確か避難用の部屋だとか言っていたから、
ここでは生活していないのかもしれない。
それでも・・・。なぜだろう、淋しい。隙間風が吹いていくような、そんな感じがした。
この広い部屋で、光征は一人、何を思っているのだろう。
抱き締められて眠ってしまうなんて。光征にいつのまにそんなに心を許してしまったんだろう。
なぜだろう。あの温もりを私は知っている・・・?
そんなはずはない。
ああ、そうか。トモ君に少し似ているのかも。彼も同じようにただ抱き締めてくれる。
トモ君のは、多分、甘え。家族の愛情に飢えている。そんな子供の甘えだ。
幼い頃、眠れぬ夜に私がお母さんを求めたように。無条件で愛情を注いでくれる存在を求めている。
では、光征も?
ううん。それは違う。愛情を求めていたのは、私だ・・・。
一人で生きていくと言いながら、誰よりも愛情を求めているのは、私だ。
私がトモ君の甘えに気づいたように。専務は私の甘えに気づいたんだ。だから・・・。
愛情なんかじゃない。そうよ。恋愛感情なんかじゃない。>と自分に言い聞かせてみる。
10.落胆(光視点)
どうしても外せない仕事があって、土曜の午前中に会社に出向いた。
昨晩、送別会に参加するために切り上げてしまったせいもあって、
時差のあるヨーロッパやアメリカとの対応に追われた。
仕事に没頭している間は、昨晩のことも少し頭から離れていた。
「・・・その顔じゃ、送り狼にならなかったのか?」
来たよ。一番会いたくなかった男が。>桧村のことね
「酔い潰れた女相手にどうしろってんだ」わざと強がっておく。本当のことは知られたくない。
「なんだ。せっかく2人きりになる口実を作ってあげたのに」「いらん気を回すな」
「・・・でも。彼女が気になるんだろ?」「別に・・・」「光征は恋愛下手だなぁ・・・」
「女には不自由したことはないが?」
「それは『柚澤』に寄ってきた女だろ? ちゃんとした恋愛、してないんじゃない?」
「お前だって・・・」「俺はいるよ? 本命」「・・・初耳だな」「だろうね。内緒にしてたから」
「何で・・・」「理由、言ったら怒るだろから、やめとく」「今更」「まぁ、そうだな」
以下、正輝の呟き。
光征は恋愛に関してはいつも冷めていた。女を見下しているっていうんじゃないけど。
言い寄ってくるような女ばかりだったせいもあるだろうけど。
本気で恋愛している人間をバカなことしてるっていうような眼で見てた。
(元々、目つきが悪いから『鋭い視線がステキー!』なんて言う女もいたけど)
全てをかなぐり捨てられるような。自分がバカになるようなことはないんだろうなって思ってた。
だから。言えなかった。俺もそんなバカな恋愛してる一人だってね。
「でも、お前。いつも俺の仕事に付き合ってただろ? 夜中遅くまでとか、土日とか」
「会えないからってダメになるような、そんなちゃらい恋愛はしてないよ、俺は」
思い返してみれば、確かに普段は秘書ということもあって、光征や社長に付き従っているが、
どうしても、という時は、休暇だとか早退を申し込んでいたことがある。
普段、無理をさせているのは承知だったから、月に一度や二度程度のごり押しは通していた。
それは、アレか。彼女のためか?
「意外だな」「そう? 俺、彼女には優しいよ?」>俺には優しくないよな、コイツは。
(彼女は海棠咲<かいどうさき>。海保とかにしてみる?/笑)>なので、あまり会えなくてもOK。
「・・・恋愛云々の前に、嫌われてるな。俺は」「自覚あるんなら、冷たい態度、やめたら?」
「俺は、俺だ。自分を変えてまで恋愛したいとは思わない」
仕事に区切りがついたので、マンションに帰る。
やっぱり、遥はいなくなっていた。
メモ紙は置いたままだったけど、いなくなっているということは読んだのだろう。
ぐしゃっと丸めて、壁に向かって投げつけた。
11.遭遇(遥視点)
今週は夜勤の週だ。仕事に行くのが億劫だな。
そんな理由で休むのは気が引けるので、出掛けていく。
水木がいたので、「しばらく社長室をお願いします」と請う。
「なんかやったのか?」「いえ。そういうわけじゃないんですけど・・・」
「専務か?」「・・・はい」「なんかされた? ・・・って、柄じゃないな。アイツは」
光征も正輝も、派手に遊んでそうに見えるけど。実際は仕事ばかりで、噂ほど女関係が荒れているわけじゃない。
(パーティでは、どうしても目立つから女が群がっているだけ)
いや、されたんですけど・・・。一応、光征の名誉のために黙っておこう。
酒が入っていたんだし。どちらも大人なんだから。
「しばらくは引き受けるが、もう担当はお前だからな」
実は水木には移動(大きなプロジェクトを任す)の話が出てるので、遥に引継がてらやらせている。>影の思惑
「すみません。気持ちの整理、つけたいんです」「・・・社内恋愛は禁止じゃないぞ?」
わかっているのか。わかっていないのか。
恋愛じゃないの。恋愛にしちゃいけないの。早いうちに忘れてしまうしかないの。
専務から直々に呼び出されることもなく。
社内トラブルもなく。
平和な一週間を過ごして、次の週末を迎えることが出来そうだ。
土曜日の朝、仕事を終えて会社を出ようとした。
そこで、朝早くから出社してきたと見られる光征と出くわす。
光征を見た途端に、思わず逃げてしまう。一度は捕まえられて、「なんで、水木がやってる?」というけど、
「ほっといてくださいっ!」「触らないで!」と振り払って逃げる。
しばらく行ったところで、トモに会う。「偶然!」「どうしたの!」
「あれ? なんか顔色悪くない?」「夜勤明けだから」とか話してると、
「知幸!」と、聞きなれた声が聞こえる。振り返ると、停まっている車から光征と正輝が出てくる。
「光兄、正兄!」と、トモも2人を知っている様子に、びっくりする。
光征も知幸と一緒にいた女性が遥だとわかって驚く。
「遥・・・。どうして、知幸と・・・」「お、お2人は・・・」「光兄は、俺の兄貴だよ」
ぐらりと身体が揺れた。
「わーっ! 遥さんっ! 大丈夫?」支えられて、どうにか立つ。
「顔、真っ青だよ。あ、そこのスタバで休もう?」
光征が手を伸ばそうとしたけど、パシっとトモが払う。
「・・・光兄が原因なんじゃないの?」>ちょっと冷たくいい放つ
12.嫉妬(光視点)
客先への車移動中。
「知幸が星野さんとねぇ・・・」>正輝がからかう。
「星野さんって、一見、冷たそうに見えるけど。案外、世話焼きだからねぇ」
>じゃないと、サポセンなんて勤まりません。
仏頂面で、正輝の話を聞き流す。
なんでだ。俺の手は振り払ったくせに。知幸の手なら取るのか。>あ、嫉妬だ。
そりゃ、嫌われるようなことをしたのは自分だけれど。
知幸は、どこまで知っている?
「年下とって、相性良いのかもしれないねー」
「兄弟でどろどろの恋愛劇かー!」>遊んでます。
「煩いっ! 黙ってろ!」「おー、怖い怖い」
気になって、眼が追っていた。
多分、そのときから好きという気持ちはあったのだろう。
遠目で隣とした姿を見ているだけでも、顔が綻んでいたのに。
思いがけず近付いてしまった距離に戸惑っていたんだ。
正輝が言うように、告白はいつも女からで、別れの言葉も女から切り出された。
自分から誰かを追い求めたことなんてない。だから、こんなとき、どうしていいのかわからないんだ。
しばらく黙り込んでいた正輝が、客先に到着してドアを開けようとしたのをガシッと止めた。
優男に見えて、力があるんだよな、コイツ。
「・・・わかってると思うけど。仕事に私情を持ち込むなよ?」
「わかってる。有能な秘書室長様の顔を潰すような真似はしないから安心しろ」
(建築を手がけたビルのオープニングパーティあたりかな)
2人が揃って会場にいくと、かなり人目を引く。
この業界は注目を集めてこそだ。自分たちの容姿が人目を引くなら、それを利用しない手はないだろう。
メディアの影響力は、今の日本では爆発的な売れ行きを呼ぶ。
ちょっと芸能人が「お気に入りなんです」と発言すれば、その商品は次の日には在庫切れになる。
あざとい商売かもしれないけど、そうやって切り込んでいくんだ。
今日もこのパーティに参加することになっているモデルが、ワイズデザインのドレスを着たいと言っていた。
そのドレスの入った箱を持って、デザイナーの芳川は先に到着していた。
着替えて登場したモデルを見ながら、そういえば遥はいつもパンツスーツだよなと思い出す。
夜勤の時にばかり会っていたせいかもしれない。業務上、パンツスーツの方が仕事がしやすいだろう。
でも。彼女にドレスを着せてみたいな・・・と、そんな余計なことを考えていた。
13.家族(遥視点)
知幸とすぐ近くにあるスタバに入りました。
「遥さん、カフェラテでいい?」「うん。ありがとう」
で。椅子に向かい合って座って。知幸はじっと遥を見てます。
「光兄と知り合いだったんだ?」「・・・私、ワイズ社員だから」「あー、なるほどね。そっか・・・」
「ワイズの業種とコンピュータって結びつかなかったけど。
考えたらいてもおかしくないんだよな、システム担当」
「トモ君こそ・・・。柚澤社長のご子息だったのね」「親不孝息子デス」
「・・・おうちに帰ってないの?」「ん? まぁね」「・・・淋しくない?」
「何で? あんな広い家建てといて、誰も帰って来ないんだぜ? 誰かが待ってるわけじゃないのに。
帰るほうが、自分は一人なんだって思い知らされる。それなら、友達んとこにいるほうがマシさ」
そういえば、と思い出す。社長夫婦は月の半分以上を国内・海外の出張で過ごしている。
光征もあんな時間まで会社にいるし。下手すると社長室の隣の仮眠室で生活してるんじゃないか。
でも。だったら、あの「避難場所」は何?
自宅に帰ればいいのに・・・。あ、家が遠いんだろうか?
だから、会社の近くにマンションを・・・?
「・・・せっかく、ご家族がいるのに・・・」
思わず呟いてしまった言葉に、知幸が「え?」って顔をしている。
「あ、ほら、私。一人暮らしだから。家族と一緒に住んでいるのに、そういうのって淋しいね」
「俺だけ、子供なんだろうな。光兄だってそんなこと気にしちゃいないし」
「・・・そうかなぁ」
「誰にも干渉されないっていうのも、キツイよ。
今、俺がこの世から消えても、あの人たちは気づかずに仕事してんだろうな。
ニュースでさ、アパートの部屋から異臭がして、捜査したら腐乱死体発見したとかあるじゃん?
うちなんて広いから、異臭も外まで届かないだろうし。
俺があの家で死んでも白骨化するまで誰も気づかねーよ」
「そんなことない!」
物理的な距離じゃない。心の距離の問題だ。
大人になると、仕事に追われて、家族も友人も恋人も。そういった人間関係を疎かにしてしまう。
家族は特に「家族なんだから、言わなくても大丈夫」という安心感が漂っていて、一番疎かになる。
でも、人の心はどんなに近しい存在でも、言葉にしないと伝わらない。
亡くしてからでは遅いんだから。
「・・・遥さん?」呼ばれて、泣いていることに気づいた。店内でも注目を集めている。
「ごめんなさい・・・」「遥さんの方が俺の家族みたいだ」
「そんなこと言ってないで。専務ともちゃんと時間作って話せばいいのに」
「・・・仕事で忙しいって言われるのがオチだよ」「それはトモ君が決め付けてるんでしょ?
専務、そんな人じゃないと思うけどな」「・・・遥さんって、光兄のコイビトなの?」
「えっ? やだ、何言ってるのよ」「だって。光兄、『遥』って呼んでたし」
「光兄と結婚したら、俺の姉さんになるんだよね? 遥さんなら、いいな」
「な、何言ってるの! そんなんじゃないからっ!」
14.告白(光視点)
しばらく遥と会わないまま、数週間が過ぎた。
今、ワイズでは創立30周年記念事業として、あるデザインの一般公募をしている。
ワイズは元々、社長たちが美大生だったとき、学園祭で自分たちがデザインしたものを売り込むために、
企画したものだった。だから、学園祭のノリを引き摺ったままの会社になっている。
ある公共事業のデザインコンペに、学生3人組(柳原・柚澤・芳川)で応募したのが受かったことがきっかけで、
会社を興すことになっていった。
なので、同じように広く一般からコンペ形式でデザインを募集することになった。
その事業のことに光征も正輝も追われていて、恋愛云々も言ってられなかった。
その辺は、大人なので、きっちりと公私をわけている。
コンペ前日。ひと段落したら、0時を回っていた。
「正輝、もういいぞ」と先に帰して、思い立って10階の休憩所に行ってみる。
30分ほど、コーヒーを飲みながら、ぼんやりと夜景を見ていた。こういう時間は久しぶりだ。
コンペが終われば終わったで、また忙しい日々が続くだろう。
社長は今日の夕方成田に着いて、そのまま自宅に向かったと報告が来ている。
遥が来るはずないか・・・。そう諦めて、今日は家に帰ろうと考える。
空になったカップを握りつぶして、休憩所を出ようとすると、逆に入ろうとしていた遥と鉢合わせになった。
光征の顔を見て逃げようとするその腕を掴んで、中に引き寄せる。
「・・・話す、だけだから」
ゆっくりと、静かに言うと、遥は抵抗をやめた。
「今更だけど。この前は、ごめん」「いえ・・・。もう気にしてませんから」「うん。でも、言わせてくれ」
「酔ってたからなんて言い訳はしない。ただ、これだけはわかってほしい。君を傷つけるつもりはなかった」
遥は何も言わず、ただ小さく頷いた。
「・・・遥?」名前を呼ぶと、恐る恐るといった雰囲気で、ようやく視線を合わせてくれた。
「遥が好きだ」
初めて、告白なんてした。こんなにも恥ずかしいものなんだな。
ここが暗くてよかった。多分、今、俺は恥ずかしいくらいに赤くなっているだろう。
遥は呆然と光征を見上げていた。聞こえてるよな? 意味、通じてるよな?
そんなことを疑いたくなるくらいに無反応。
1分ほど経ってからか。ようやく、脳に達したらしい。
喜ぶでもなく、逆に唇を噛み締めて俯いた。え、それって―――
「・・・すみません。お受けできません」
「俺が、嫌い?」「いえ、そうじゃなく・・・」「じゃあ、好き?」「・・・」
「他に好きな男がいる?」「・・・いえ」「知幸?」「トモ君はそんなんじゃありません」
「じゃあ、何で?」
「二択じゃなきゃ、ダメなんですか?」「え?」
「好きと嫌いしかないんですか?」
言葉に詰まって、何もいえなかった。好きなら恋人に。嫌いならサヨナラ。
今までの恋愛なんて、そんなものだった。
「少し、考えさせてください」
「・・・わかった」
光征は、握ったままでいた遥の腕をゆっくりと放すしかできなかった。
社長室に行けと言われて、メンテに行く。
↓
終えて部屋を出て行くところまで。
2.記憶(光視点)
最初はわからなかったけど、ぴんと真っ直ぐに伸びた後姿を見て思い出した。
あの時の彼女だ。
ワイズの本社ビルは、1階が若手のギャラリーになっていて、一般公開している。
年に一度、創立記念日に、全社員をそのフロアに集めて立食の簡単なパーティーがある。
一応、次期社長なんて言われてるから、光征の名前と顔を社内で知らない人間はいないだろう。
挨拶とか面倒で、吹き抜けになっている2階廊下から見下ろしている。
いつも社長室を頼んでいる水木のとなりにいる女性に目が行く。
挨拶にきた人にお辞儀をしているが、その姿勢がすごく美しい。
よく見れば、立ち姿も背筋が伸びていて、パンツスーツ姿がきりりと引き立っている。
顔まではよく見えなかったけど、その後姿がやけに印象に残っていた。
まるで自分ひとりで生きているとでもいうような。人を寄せ付けない姿。
その後、社内で姿を見ても「あ、星野だ」とわかるようになった。
だが、いつ見ても、彼女は1人だった。人に囲まれていても、1人に見える。
なぜだろう。彼女を取り囲むオーラのようなものが、そう見せるのだろうか。
3.拒絶(遥視点)
専務に気に入られてしまったみたいで、少し困惑している。
そんな折、夜勤中にいつもの休憩所にいると、私用の電話が入る。
それは高校卒業から連絡を取っていなかった由衣からで。同窓会をしようというものだった。
「・・・帰るつもりはないから」冷たく言って電話を切る。
ふうっと溜息をついていたら、いつのまにか後ろに専務がいた。
「こんな穴場、あったんだな」と、狭い場所に光征も入ってくる。
男に免疫がないとは言わない。大学も工学部だったし、今も周囲は男ばかり。
でも。光征は距離が違う。「男と女」の距離に入り込んでくるのだ。
触れられそうになって、すっとかわして仕事に戻る。
4.好意(光視点)
次期社長という肩書と、28歳という若さと、それなりのルックスと。
これだけ揃えば、自分にそのつもりがなくても女が寄ってくる。
元々、それほど女好きというわけでもないし。第一、恋愛しているほど暇じゃない。
仕事人間と言うわけでもないけれど。自分には仕事以外に何もない。
透のように何らかの芸術家としての才能があれば違ったかもしれない。
でも。自分にはそんなものなくて。
まったく別の分野に進みたいと思えるほど熱中したものもない。
空っぽの自分には、結局、親の後を継ぐという、簡単なレールを歩むしかなかった。
今の仕事は嫌いじゃない。
何かを生み出す才能はなかったけれど、幼い頃からそういったものに触れていたせいか、
売れるもの、人気が出るだろうものを嗅ぎ分けることができる。これもある意味、才能か?
採用する企画の判断、売り出す商品の判断、その判断力が抜群と言われている。
遥に目が行くようになった理由は、自分でもよくわからない。
恋愛をしたことがないわけでもないが、これは恋心と呼んでいいのか?
彼女を見ると嬉しいとか。近くにいるとドキドキするとか。
高校生の恋愛のような、淡い感情があるというわけでもない。
ストレートに彼女に触れたいとか、抱きたいとか。そんな邪まなものでもなくて。
よくわからなくて、結局、感情をもてあましていた。
盗み聞きするつもりじゃなかったけれど、偶然通りかかって電話を聞いてしまった。
遥の声しか聞いていないから、どんな内容だったのかはよくわからないけれど。
「帰らないから」と言い放った彼女の声が、微かに震えていたような気がして。
つい、声をかけてしまった。
少し話したけど、誤魔化すように遥は仕事に戻っていった。
なんだろう。彼女のことをもっと知りたいと思った。
専務の特権を悪用して、彼女の履歴書を見る。
住まいはアパート。一人暮らしらしい。学歴・職歴には大学の名前だけ。出身がどこかもわからない。
それが、さっきの拒絶の態度とあいまって。
彼女は過去の何かを隠している?と、よけいに気になった。
5.休息(遥視点)
土曜の朝は、人の活動が一番少ない時間帯なのかもしれない。
休日担当の派遣さんに引継をして、遥は帰路についた。
今のところ、そんなに眠くない。何か食べて帰ろうと、繁華街に向かって歩き出した。
少し早いランチを食べていると、メールが届く。
ヒロ君から、今晩、行っていい?という内容。「OK」の返事を書く。
ヒロ君は不思議なコだ。知り合ってから半年ほど。時々、思い出したように「泊めて」と言ってくる。
身体の関係はない。本当に、アパートに泊まるだけ。
友達のところを点々としているらしいから、最初はホームレス?とか思ったけど。
家に帰りたくないのだという話だった。それは自分とも似ていて。つい、言うことを聞いてしまう。
夜にふらっとやってきて。ご飯を食べて。彼も大学の工学部だとかで、そんな話を少しして。
丸くなって眠るだけ。朝、起きたら朝食を食べて。「じゃ、またね!」と出て行く。
猫みたいだなって思う。野良猫じゃなくて、血統書付の猫。多分、育ちはいい。
泊まり歩いているという割には身なりがいいし。言葉遣いや仕草とか。そういったものがきちんとしている。
恋人というわけでもないし。セフレってわけでもない。
ただ、2人でそうやって過ごす時間が、最近は大切になっていた。
自分をリセットできているような。そんな感じがする。
6.接近(光視点)
今週は社長(父)が会社にいたので、光征が社長室に居座ることはなかった。
久しぶりに自室(専務室)で、膨大な「開発依頼書」を処理していた。
光征の下についているのは河南(26歳くらいかな)で、普段は彼に任せているが、
河南が判断できないものは保留とされていて、光征に回ってくる。
定時を過ぎてしばらくして、河南は「すみません。早いのですが、今日はこれで」と珍しく帰るという。
「ん? デートか?」と埒もないことを聞いてしまった。
河南も真面目で。「同期の送別会です」と。
札幌で取った仕事に就くために、建築部門の同期がしばらく向こうへ赴任するという。
「ああ、建築は1個任されると長いからな」「ええ。しかもD社の新社屋ですから。2年がかりだそうです」
「札幌か・・・。ラーメン、美味いのかな」「専務、意外と庶民的ですよね」
「そりゃ、今は専務とかってちやほやされてるけど、親父が起こした会社なんだ。
俺が子供のころは、もっと規模も小さくて。毎月、ひーひー言ってたよ」
「・・・そうですね。まだ、25年ほどの会社ですからね」「そういうこと。だから俺も庶民なんだよ」
「けど。俺、いつからそんな飲み会に出てないかなぁ・・・」「接待で飲んでるでしょ?」
「接待なんて、飲んだうちに入るかよ。気心知れたヤツらと、飲んで騒いで女の子としゃべって・・・って」
「コンパじゃありませんよ。今日のは」「最近、正輝としか飲んでねぇな」
「・・・専務も来ます?」「は? 同期会だろ? 俺が行ったら・・・」「移動するの、扇ですよ」
「扇って、あの扇か?」「ええ。あの扇です」>ちょっと因縁があって知ってる。
「あれ、お前等、同期?」「俺、院卒なんで、年は違いますが同期です」「ああ、そうか」
「・・・んじゃ、祝宴ってことで、無礼講だよな? 正輝も連れてく」「はい。幹事に伝えます」
「増えて、大丈夫か?」「そこらの大衆居酒屋ですから。2人くらいなら猶予あります」
そして、河南と行くと遥がいる。「・・・お前も同期か?」
「えー? 専務、星野と知り合い?」「俺がぶっ壊したパソコン、修理してもらった」
「でたっ。クラッシャー柚澤!」「誰がだっ!」
遥は飲みすぎたのか、居酒屋を出たときには足元がふらふらしていた。
「悪い、飲ませ過ぎたか?」「いえ。私も断らなかったので、自業自得です」
「専務ー! 責任持って星野を送ってくださいよ」>扇のツッコミ>悪気なし
「1人で、帰れますから」と、最初は固辞したが自力で立てないので説得力なし。
「送ろう」と言って、タクシーに一緒に乗る。
だが、すぐに遥が眠ってしまう。履歴書見ていたので、大まかな住所は覚えているが、正確にはわからない。
しばらく悩んで、自分のマンション(自宅じゃなく、個人的に借りているところ)へ連れて行く。
7.酩酊(遥視点)
同期の飲み会だったはずなのに、なぜか光征が来た。
困惑して、ついつい飲みすぎてしまった。途中から、もうどんな会話をしたのかも覚えていない。
目を覚ましたら、知らない部屋でベッドに寝かされていた。
ハッとして服を見ると、そのまま。
見たところ、ラブホってわけでもなさそうだし。かといってどこかのホテルという雰囲気でもない。
広い部屋に、大きなベッドだけ。壁の一面が作りつけのクローゼットになっているようだけど、覗く勇気はない。
少し眠ったせいか、酔いは少しおさまっている。
思い切ってドアを開けてみると、そこには廊下。誰かの家だろうか?
明かりが漏れているのを見つけて、そのドアを開けた。
リビングルームらしいその部屋も、かなりの広さ。カーテンが開けられたままの窓からは夜景が見下ろせる。
ここ、どこ?
「起きたのか?」
突然、声をかけられてびっくりして見ると、リビングから続いているキッチンの方から光征がくる。
「柚澤・・・、専務」「家がわからなかったから、緊急避難ってことで許せ」
「あ、いえ。ここは・・・」「俺の避難場所」「ひ、なん?」「家に帰りたくないとき、ここ来んの」
そのためだけに、こんな広い部屋を持っているなんて。さすがに、感覚が違う。
光征は手にお酒の入ったグラスを持ってる。「コーヒー・・・くらいなら淹れれるけど。飲む?」
「えっと。お水をいただきたいんですけど・・・」「了解。そこ、座ってて」
そこというのは、2人掛けのソファか。それしか見当たらない。
冷蔵庫の開く音がして、遥の前に水の入ったグラスが置かれた。
光征は向かい側の床にそのまま座った。
「もう、終電もないし。泊まってっていいよ。俺、こっちで寝るし」
「いえ、そんな・・・。ご迷惑おかけできません。タクシーで帰ります」
「家、どこ?」「○○です」「ここからじゃ、遠いよ? 1万円越えるなぁ・・・」「え?」
「大丈夫。寝室、鍵がかかるから」「でも・・・」「自分の会社の専務を信用できない?」
痛いところをつかれ、「じゃあ・・・・。すみません」と、折れる。
光征は酒を飲みながら、床に広げた書類を見ている。まだ、仕事をするのか?
「あ、気にしなくていいから。眠くなったら、勝手に寝て? 俺、まだコレあるから」
そう言われても・・・。そう言われると、余計に自分だけが眠るのが悪いことのような気がする。
「・・・お手伝いできることがあれば・・・」言っていて途中で、口篭る。
自分が手伝えることなんてあるはずないじゃない!と、我に返る。
光征は目を丸くして、こっちを見ている。バカなこと言ってとか思ってるんだわ。
「・・・ふうん? じゃあ、手伝ってもらおうかな・・・」
光征は手にしていたグラスの中身を飲み干すと、ずいっと遥の方に身を寄せた。
「んん・・・」
訳がわからないうちに唇を塞がれていた。無理矢理、口移しでアルコールを飲まされる。
ブランデーの原液だ。かーっと喉が熱くなる。
「お前のせいだからな・・・」
吐息混じりに囁かれた声に身体も熱を帯びた。
8.後悔(光視点)
酔ったせいだというのは、ただの言い訳だ。
パンツスーツに、首元まできっちりボタンを締めたシャツ。
ベッドに寝かせるとき、苦しいだろうと、首元のボタンを外した。
そのせいで、無防備な素肌が覗いている。
なんだ。俺、結局、抱きたいとか思ってたんだ。
気づいたときには、もう唇を重ねていた。熱いのは、自分の身体か遥のほうか。
柔らかな唇の感触。抱き締めた細い体。甘く誘うような香り。
やばい。もう、止まらない。
「やっ・・・!」
逃れようと身動ぎしている身体を押さえ込んで、服を脱がす。
無理矢理やろうとしたけど、遥が男慣れしてないことに気づく。
「・・・お前、もしかして・・・、バージンか?」
一気に酔いが醒めた。処女が面倒だとか、そうは思っていない。
男としては、『初めての男』という変な栄誉のようなものがあることは認める。
女にとって、それだけ初めての男というものが、大事なこともわかっている。
それを、俺は・・・。
「・・・ごめん」
服を直して、乱れた髪を梳いて整えると、光征は空のグラスをもってキッチンに向かった。
ウイスキーを並々と注いで、一気にあおる。
ソファの遥は自分の体を抱き締めるように両腕を回してうつむいている。
「・・・シャワー、浴びるか?」声をかけても、小さく頭を振っただけ。
泣いているのかと思った。けど、そうじゃなくて。放心していると言ったほうがいいのか。
この年なんだから知識がないとは思わないけれど。
何が起こったかわかってない・・・なんてこと、ないよな?
どう声をかけていいか悩んで、ベッドルームから毛布を持ってきて、後からかけた。
遥はびくりと肩を震わせる。やっぱり、そうとう怖がらせてしまった。
ゆっくりと、そうっと静かに両手を回す。
「怖がらせて、ごめん。でも、酔った勢いってだけじゃないから。俺、遥が好きだから」
9.混迷(遥視点)
「好きだから」
何を言われているのか、よくわからなかった。
好き? 好きって・・・? 専務が? 私を? どうして、私なんかを?
恋なんてしない。誰かを好きになったりなんかしない。
だって。恋なんて、苦しくて苦しくて、たまらないものなんでしょう?
お母さんだって、いつも泣いてた。皐月さんだって、泣いてた。
だから。私は恋なんてしない。誰かを好きになったりなんかしないって、心に誓ったのに。
からかってるの? そうよ。からかってるんだわ。
桧村さんと二人して、私が落ちるかなんて、かけでもしてるんだわ。
男の人なんて、いつもそう。こっちが喜んだら、「そんなことあると思ってるのかよ」なんて、
嘲笑うのよ。馬鹿にしてるんだわ。
「ごめんな」
光征は何度もそういって、頭を撫でる。まるで、子供をあやすみたいに。
最初はがくがくと震えていた体も、いつのまに震えは止まっていて。
いつのまにか、私は眠っていた。
目を覚ますと、またあの広い部屋のベッドに寝かされていた。
リビングにも光征の姿はない。
テーブルの上にメモが置かれている。
「仕事なので、出ます。鍵はオートロックになっているから、気にせず出ていいよ。
駅へ行くには、マンションを出て左に行けば○○駅に出れます」
最後に、また、ごめんとある。
今日は土曜日なのに。仕事してるんだ。
室内をよくみると、ほとんど物がない。確か避難用の部屋だとか言っていたから、
ここでは生活していないのかもしれない。
それでも・・・。なぜだろう、淋しい。隙間風が吹いていくような、そんな感じがした。
この広い部屋で、光征は一人、何を思っているのだろう。
抱き締められて眠ってしまうなんて。光征にいつのまにそんなに心を許してしまったんだろう。
なぜだろう。あの温もりを私は知っている・・・?
そんなはずはない。
ああ、そうか。トモ君に少し似ているのかも。彼も同じようにただ抱き締めてくれる。
トモ君のは、多分、甘え。家族の愛情に飢えている。そんな子供の甘えだ。
幼い頃、眠れぬ夜に私がお母さんを求めたように。無条件で愛情を注いでくれる存在を求めている。
では、光征も?
ううん。それは違う。愛情を求めていたのは、私だ・・・。
一人で生きていくと言いながら、誰よりも愛情を求めているのは、私だ。
私がトモ君の甘えに気づいたように。専務は私の甘えに気づいたんだ。だから・・・。
愛情なんかじゃない。そうよ。恋愛感情なんかじゃない。>と自分に言い聞かせてみる。
10.落胆(光視点)
どうしても外せない仕事があって、土曜の午前中に会社に出向いた。
昨晩、送別会に参加するために切り上げてしまったせいもあって、
時差のあるヨーロッパやアメリカとの対応に追われた。
仕事に没頭している間は、昨晩のことも少し頭から離れていた。
「・・・その顔じゃ、送り狼にならなかったのか?」
来たよ。一番会いたくなかった男が。>桧村のことね
「酔い潰れた女相手にどうしろってんだ」わざと強がっておく。本当のことは知られたくない。
「なんだ。せっかく2人きりになる口実を作ってあげたのに」「いらん気を回すな」
「・・・でも。彼女が気になるんだろ?」「別に・・・」「光征は恋愛下手だなぁ・・・」
「女には不自由したことはないが?」
「それは『柚澤』に寄ってきた女だろ? ちゃんとした恋愛、してないんじゃない?」
「お前だって・・・」「俺はいるよ? 本命」「・・・初耳だな」「だろうね。内緒にしてたから」
「何で・・・」「理由、言ったら怒るだろから、やめとく」「今更」「まぁ、そうだな」
以下、正輝の呟き。
光征は恋愛に関してはいつも冷めていた。女を見下しているっていうんじゃないけど。
言い寄ってくるような女ばかりだったせいもあるだろうけど。
本気で恋愛している人間をバカなことしてるっていうような眼で見てた。
(元々、目つきが悪いから『鋭い視線がステキー!』なんて言う女もいたけど)
全てをかなぐり捨てられるような。自分がバカになるようなことはないんだろうなって思ってた。
だから。言えなかった。俺もそんなバカな恋愛してる一人だってね。
「でも、お前。いつも俺の仕事に付き合ってただろ? 夜中遅くまでとか、土日とか」
「会えないからってダメになるような、そんなちゃらい恋愛はしてないよ、俺は」
思い返してみれば、確かに普段は秘書ということもあって、光征や社長に付き従っているが、
どうしても、という時は、休暇だとか早退を申し込んでいたことがある。
普段、無理をさせているのは承知だったから、月に一度や二度程度のごり押しは通していた。
それは、アレか。彼女のためか?
「意外だな」「そう? 俺、彼女には優しいよ?」>俺には優しくないよな、コイツは。
(彼女は海棠咲<かいどうさき>。海保とかにしてみる?/笑)>なので、あまり会えなくてもOK。
「・・・恋愛云々の前に、嫌われてるな。俺は」「自覚あるんなら、冷たい態度、やめたら?」
「俺は、俺だ。自分を変えてまで恋愛したいとは思わない」
仕事に区切りがついたので、マンションに帰る。
やっぱり、遥はいなくなっていた。
メモ紙は置いたままだったけど、いなくなっているということは読んだのだろう。
ぐしゃっと丸めて、壁に向かって投げつけた。
11.遭遇(遥視点)
今週は夜勤の週だ。仕事に行くのが億劫だな。
そんな理由で休むのは気が引けるので、出掛けていく。
水木がいたので、「しばらく社長室をお願いします」と請う。
「なんかやったのか?」「いえ。そういうわけじゃないんですけど・・・」
「専務か?」「・・・はい」「なんかされた? ・・・って、柄じゃないな。アイツは」
光征も正輝も、派手に遊んでそうに見えるけど。実際は仕事ばかりで、噂ほど女関係が荒れているわけじゃない。
(パーティでは、どうしても目立つから女が群がっているだけ)
いや、されたんですけど・・・。一応、光征の名誉のために黙っておこう。
酒が入っていたんだし。どちらも大人なんだから。
「しばらくは引き受けるが、もう担当はお前だからな」
実は水木には移動(大きなプロジェクトを任す)の話が出てるので、遥に引継がてらやらせている。>影の思惑
「すみません。気持ちの整理、つけたいんです」「・・・社内恋愛は禁止じゃないぞ?」
わかっているのか。わかっていないのか。
恋愛じゃないの。恋愛にしちゃいけないの。早いうちに忘れてしまうしかないの。
専務から直々に呼び出されることもなく。
社内トラブルもなく。
平和な一週間を過ごして、次の週末を迎えることが出来そうだ。
土曜日の朝、仕事を終えて会社を出ようとした。
そこで、朝早くから出社してきたと見られる光征と出くわす。
光征を見た途端に、思わず逃げてしまう。一度は捕まえられて、「なんで、水木がやってる?」というけど、
「ほっといてくださいっ!」「触らないで!」と振り払って逃げる。
しばらく行ったところで、トモに会う。「偶然!」「どうしたの!」
「あれ? なんか顔色悪くない?」「夜勤明けだから」とか話してると、
「知幸!」と、聞きなれた声が聞こえる。振り返ると、停まっている車から光征と正輝が出てくる。
「光兄、正兄!」と、トモも2人を知っている様子に、びっくりする。
光征も知幸と一緒にいた女性が遥だとわかって驚く。
「遥・・・。どうして、知幸と・・・」「お、お2人は・・・」「光兄は、俺の兄貴だよ」
ぐらりと身体が揺れた。
「わーっ! 遥さんっ! 大丈夫?」支えられて、どうにか立つ。
「顔、真っ青だよ。あ、そこのスタバで休もう?」
光征が手を伸ばそうとしたけど、パシっとトモが払う。
「・・・光兄が原因なんじゃないの?」>ちょっと冷たくいい放つ
12.嫉妬(光視点)
客先への車移動中。
「知幸が星野さんとねぇ・・・」>正輝がからかう。
「星野さんって、一見、冷たそうに見えるけど。案外、世話焼きだからねぇ」
>じゃないと、サポセンなんて勤まりません。
仏頂面で、正輝の話を聞き流す。
なんでだ。俺の手は振り払ったくせに。知幸の手なら取るのか。>あ、嫉妬だ。
そりゃ、嫌われるようなことをしたのは自分だけれど。
知幸は、どこまで知っている?
「年下とって、相性良いのかもしれないねー」
「兄弟でどろどろの恋愛劇かー!」>遊んでます。
「煩いっ! 黙ってろ!」「おー、怖い怖い」
気になって、眼が追っていた。
多分、そのときから好きという気持ちはあったのだろう。
遠目で隣とした姿を見ているだけでも、顔が綻んでいたのに。
思いがけず近付いてしまった距離に戸惑っていたんだ。
正輝が言うように、告白はいつも女からで、別れの言葉も女から切り出された。
自分から誰かを追い求めたことなんてない。だから、こんなとき、どうしていいのかわからないんだ。
しばらく黙り込んでいた正輝が、客先に到着してドアを開けようとしたのをガシッと止めた。
優男に見えて、力があるんだよな、コイツ。
「・・・わかってると思うけど。仕事に私情を持ち込むなよ?」
「わかってる。有能な秘書室長様の顔を潰すような真似はしないから安心しろ」
(建築を手がけたビルのオープニングパーティあたりかな)
2人が揃って会場にいくと、かなり人目を引く。
この業界は注目を集めてこそだ。自分たちの容姿が人目を引くなら、それを利用しない手はないだろう。
メディアの影響力は、今の日本では爆発的な売れ行きを呼ぶ。
ちょっと芸能人が「お気に入りなんです」と発言すれば、その商品は次の日には在庫切れになる。
あざとい商売かもしれないけど、そうやって切り込んでいくんだ。
今日もこのパーティに参加することになっているモデルが、ワイズデザインのドレスを着たいと言っていた。
そのドレスの入った箱を持って、デザイナーの芳川は先に到着していた。
着替えて登場したモデルを見ながら、そういえば遥はいつもパンツスーツだよなと思い出す。
夜勤の時にばかり会っていたせいかもしれない。業務上、パンツスーツの方が仕事がしやすいだろう。
でも。彼女にドレスを着せてみたいな・・・と、そんな余計なことを考えていた。
13.家族(遥視点)
知幸とすぐ近くにあるスタバに入りました。
「遥さん、カフェラテでいい?」「うん。ありがとう」
で。椅子に向かい合って座って。知幸はじっと遥を見てます。
「光兄と知り合いだったんだ?」「・・・私、ワイズ社員だから」「あー、なるほどね。そっか・・・」
「ワイズの業種とコンピュータって結びつかなかったけど。
考えたらいてもおかしくないんだよな、システム担当」
「トモ君こそ・・・。柚澤社長のご子息だったのね」「親不孝息子デス」
「・・・おうちに帰ってないの?」「ん? まぁね」「・・・淋しくない?」
「何で? あんな広い家建てといて、誰も帰って来ないんだぜ? 誰かが待ってるわけじゃないのに。
帰るほうが、自分は一人なんだって思い知らされる。それなら、友達んとこにいるほうがマシさ」
そういえば、と思い出す。社長夫婦は月の半分以上を国内・海外の出張で過ごしている。
光征もあんな時間まで会社にいるし。下手すると社長室の隣の仮眠室で生活してるんじゃないか。
でも。だったら、あの「避難場所」は何?
自宅に帰ればいいのに・・・。あ、家が遠いんだろうか?
だから、会社の近くにマンションを・・・?
「・・・せっかく、ご家族がいるのに・・・」
思わず呟いてしまった言葉に、知幸が「え?」って顔をしている。
「あ、ほら、私。一人暮らしだから。家族と一緒に住んでいるのに、そういうのって淋しいね」
「俺だけ、子供なんだろうな。光兄だってそんなこと気にしちゃいないし」
「・・・そうかなぁ」
「誰にも干渉されないっていうのも、キツイよ。
今、俺がこの世から消えても、あの人たちは気づかずに仕事してんだろうな。
ニュースでさ、アパートの部屋から異臭がして、捜査したら腐乱死体発見したとかあるじゃん?
うちなんて広いから、異臭も外まで届かないだろうし。
俺があの家で死んでも白骨化するまで誰も気づかねーよ」
「そんなことない!」
物理的な距離じゃない。心の距離の問題だ。
大人になると、仕事に追われて、家族も友人も恋人も。そういった人間関係を疎かにしてしまう。
家族は特に「家族なんだから、言わなくても大丈夫」という安心感が漂っていて、一番疎かになる。
でも、人の心はどんなに近しい存在でも、言葉にしないと伝わらない。
亡くしてからでは遅いんだから。
「・・・遥さん?」呼ばれて、泣いていることに気づいた。店内でも注目を集めている。
「ごめんなさい・・・」「遥さんの方が俺の家族みたいだ」
「そんなこと言ってないで。専務ともちゃんと時間作って話せばいいのに」
「・・・仕事で忙しいって言われるのがオチだよ」「それはトモ君が決め付けてるんでしょ?
専務、そんな人じゃないと思うけどな」「・・・遥さんって、光兄のコイビトなの?」
「えっ? やだ、何言ってるのよ」「だって。光兄、『遥』って呼んでたし」
「光兄と結婚したら、俺の姉さんになるんだよね? 遥さんなら、いいな」
「な、何言ってるの! そんなんじゃないからっ!」
14.告白(光視点)
しばらく遥と会わないまま、数週間が過ぎた。
今、ワイズでは創立30周年記念事業として、あるデザインの一般公募をしている。
ワイズは元々、社長たちが美大生だったとき、学園祭で自分たちがデザインしたものを売り込むために、
企画したものだった。だから、学園祭のノリを引き摺ったままの会社になっている。
ある公共事業のデザインコンペに、学生3人組(柳原・柚澤・芳川)で応募したのが受かったことがきっかけで、
会社を興すことになっていった。
なので、同じように広く一般からコンペ形式でデザインを募集することになった。
その事業のことに光征も正輝も追われていて、恋愛云々も言ってられなかった。
その辺は、大人なので、きっちりと公私をわけている。
コンペ前日。ひと段落したら、0時を回っていた。
「正輝、もういいぞ」と先に帰して、思い立って10階の休憩所に行ってみる。
30分ほど、コーヒーを飲みながら、ぼんやりと夜景を見ていた。こういう時間は久しぶりだ。
コンペが終われば終わったで、また忙しい日々が続くだろう。
社長は今日の夕方成田に着いて、そのまま自宅に向かったと報告が来ている。
遥が来るはずないか・・・。そう諦めて、今日は家に帰ろうと考える。
空になったカップを握りつぶして、休憩所を出ようとすると、逆に入ろうとしていた遥と鉢合わせになった。
光征の顔を見て逃げようとするその腕を掴んで、中に引き寄せる。
「・・・話す、だけだから」
ゆっくりと、静かに言うと、遥は抵抗をやめた。
「今更だけど。この前は、ごめん」「いえ・・・。もう気にしてませんから」「うん。でも、言わせてくれ」
「酔ってたからなんて言い訳はしない。ただ、これだけはわかってほしい。君を傷つけるつもりはなかった」
遥は何も言わず、ただ小さく頷いた。
「・・・遥?」名前を呼ぶと、恐る恐るといった雰囲気で、ようやく視線を合わせてくれた。
「遥が好きだ」
初めて、告白なんてした。こんなにも恥ずかしいものなんだな。
ここが暗くてよかった。多分、今、俺は恥ずかしいくらいに赤くなっているだろう。
遥は呆然と光征を見上げていた。聞こえてるよな? 意味、通じてるよな?
そんなことを疑いたくなるくらいに無反応。
1分ほど経ってからか。ようやく、脳に達したらしい。
喜ぶでもなく、逆に唇を噛み締めて俯いた。え、それって―――
「・・・すみません。お受けできません」
「俺が、嫌い?」「いえ、そうじゃなく・・・」「じゃあ、好き?」「・・・」
「他に好きな男がいる?」「・・・いえ」「知幸?」「トモ君はそんなんじゃありません」
「じゃあ、何で?」
「二択じゃなきゃ、ダメなんですか?」「え?」
「好きと嫌いしかないんですか?」
言葉に詰まって、何もいえなかった。好きなら恋人に。嫌いならサヨナラ。
今までの恋愛なんて、そんなものだった。
「少し、考えさせてください」
「・・・わかった」
光征は、握ったままでいた遥の腕をゆっくりと放すしかできなかった。
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