■ ■ ■ アリス
「今日限りで、辞めさせてもらいますっ!」
立ち尽くす結城に向かってコック帽を投げつけると、梶は俯いたまま歩み去っていった。
「あ・・・」
結城が声をかけようと振り向いたころには、もう梶の姿は厨房にはなかった。廊下への出入口に、ホールを担当している椎名と黒澤の姿があった。二人とも呆れ顔で結城を見ている。
「結城さん、またやっちゃいました?」
言葉遣いが丁寧なのは黒澤輝だ。今時の大学生には珍しく、正しい日本語をすらすらと話す。若者同士では砕けた会話もしているようだが、使うべき時と場合をきちんとわきまえている。
「厳しすぎんだよ、結城は」
年の差があるのにタメ口を叩いているのは椎名良孝。誰に対してもこの調子で話しているのに嫌悪感を抱かせないのは、彼の表情のせいかもしれない。日に焼けた褐色の肌に真っ白な歯。どこから見ても爽やかな好青年だ。
「梶さん、繊細な人だったから・・・」
「料理はその繊細さが出てて良かったんだけどなぁ」
「・・・・・俺が悪いと?」
結城は更に目を細めて二人を見返した。
「そうじゃないよ。結城さんが言ったことは間違ってないよ」
「けど、その眼で言われて、びびらない人間、少ないからな」
顔を背けて椎名に指摘された視線を和らげる。結城は一重で目も細いせいか、更に細めて睨むと、尖ったナイフで切られるような迫力を持っている。また、言葉尻も鋭く声もやや低め。本人に脅しているつもりがなくても、周囲には冷たい青い炎が立ってしまう。
戸口でからかいの視線を投げている二人は、結城の視線にも怯まない。共に仕事をはじめて半年ほどになる。その間、一番会話が多いのがこの二人だから、互いの性格だとかそういったものも把握してきた結果だ。椎名は最初からこんな感じだったが、黒澤は最初の頃はびくびくとしていたものだ。
「けど、どうすんだよ? シェフがいなかったら、明日から営業できないぜ?」
「そうだね。俺たち、コーヒーしか淹れられないよ」
「これで何人目だ?」
「さあ? もう数えるのやめちゃった」
「ま、明日は臨時休業ってことだな」
「そうするしかないね。良かったー、俺、レポートの締切近いんだ。片付けちゃおう」
「俺は湘南でも行ってくっかな」
「また波待ちですか?」
悠然と厨房内に入ってきて、二人で話しながら結城の前を横切っていく。
「・・・代わりは、探す」
低く呟くと、二人は「店長、よろしく!」と、人の悪い笑みを残して事務室兼更衣室にしている隣室へと消えていった。
一人残された厨房で結城はふうっと息を吐いて天井を見上げた。
結城隼斗は、このカフェの店長だ。立場上は一番上に立っているはずなのに。どうもあの二人には敵わないというような構図になってしまった。店の規模を考えると、どうあっても自分一人では立ち行かない。椎名たちもそれをわかっている。更に悪いことに、あの二人は、いつだって『別に俺たちはいつ辞めたっていいんだから』という態度なのだ。逆に先ほど逃げ出していった梶は、店長である結城に逆らえずに言うことを黙って聞いてきたが、我慢の限界に来たのだろう。最後には敵前逃亡という形になってしまった。
自分はそれほど厳しいことを言っているのだろうか。
言い回しがきついことは結城自身も自覚しているが、こればかりはそう簡単に変えれるものでもない。椎名や黒澤のように、結城の言葉遣いなど気にしないというような人材を探すしかないのだろう。
「じゃあ、店長! お先でーす」
「明日は休業ってことで、いいですか?」
私服に着替えた二人が奥から出てきた。
「ああ。二人には悪いが、休んでくれ」
「「了解しました」」
声を揃えて敬礼までつけてくる。その嫌味さに辟易としながら、軽く手を振って二人を追い出した。
事務室に入るとパソコンの電源を入れる。起動するまでの間に、結城も服を着替えた。
あと何回使うことになるかな。そう考えながら、以前に作成した求人広告のファイルを開いた。椎名と黒澤は正確に覚えていないようだったが、この半年の間に結城の厳しさに根を上げたスタッフは八人いた。今日の梶で九人目だ。ファイルの内容をざっとチェックして、プリントアウトする。
「記念すべき十人目となるか、だな」
印刷された紙をトレイから取り上げながら、結城は自嘲気味に呟いていた。
立ち尽くす結城に向かってコック帽を投げつけると、梶は俯いたまま歩み去っていった。
「あ・・・」
結城が声をかけようと振り向いたころには、もう梶の姿は厨房にはなかった。廊下への出入口に、ホールを担当している椎名と黒澤の姿があった。二人とも呆れ顔で結城を見ている。
「結城さん、またやっちゃいました?」
言葉遣いが丁寧なのは黒澤輝だ。今時の大学生には珍しく、正しい日本語をすらすらと話す。若者同士では砕けた会話もしているようだが、使うべき時と場合をきちんとわきまえている。
「厳しすぎんだよ、結城は」
年の差があるのにタメ口を叩いているのは椎名良孝。誰に対してもこの調子で話しているのに嫌悪感を抱かせないのは、彼の表情のせいかもしれない。日に焼けた褐色の肌に真っ白な歯。どこから見ても爽やかな好青年だ。
「梶さん、繊細な人だったから・・・」
「料理はその繊細さが出てて良かったんだけどなぁ」
「・・・・・俺が悪いと?」
結城は更に目を細めて二人を見返した。
「そうじゃないよ。結城さんが言ったことは間違ってないよ」
「けど、その眼で言われて、びびらない人間、少ないからな」
顔を背けて椎名に指摘された視線を和らげる。結城は一重で目も細いせいか、更に細めて睨むと、尖ったナイフで切られるような迫力を持っている。また、言葉尻も鋭く声もやや低め。本人に脅しているつもりがなくても、周囲には冷たい青い炎が立ってしまう。
戸口でからかいの視線を投げている二人は、結城の視線にも怯まない。共に仕事をはじめて半年ほどになる。その間、一番会話が多いのがこの二人だから、互いの性格だとかそういったものも把握してきた結果だ。椎名は最初からこんな感じだったが、黒澤は最初の頃はびくびくとしていたものだ。
「けど、どうすんだよ? シェフがいなかったら、明日から営業できないぜ?」
「そうだね。俺たち、コーヒーしか淹れられないよ」
「これで何人目だ?」
「さあ? もう数えるのやめちゃった」
「ま、明日は臨時休業ってことだな」
「そうするしかないね。良かったー、俺、レポートの締切近いんだ。片付けちゃおう」
「俺は湘南でも行ってくっかな」
「また波待ちですか?」
悠然と厨房内に入ってきて、二人で話しながら結城の前を横切っていく。
「・・・代わりは、探す」
低く呟くと、二人は「店長、よろしく!」と、人の悪い笑みを残して事務室兼更衣室にしている隣室へと消えていった。
一人残された厨房で結城はふうっと息を吐いて天井を見上げた。
結城隼斗は、このカフェの店長だ。立場上は一番上に立っているはずなのに。どうもあの二人には敵わないというような構図になってしまった。店の規模を考えると、どうあっても自分一人では立ち行かない。椎名たちもそれをわかっている。更に悪いことに、あの二人は、いつだって『別に俺たちはいつ辞めたっていいんだから』という態度なのだ。逆に先ほど逃げ出していった梶は、店長である結城に逆らえずに言うことを黙って聞いてきたが、我慢の限界に来たのだろう。最後には敵前逃亡という形になってしまった。
自分はそれほど厳しいことを言っているのだろうか。
言い回しがきついことは結城自身も自覚しているが、こればかりはそう簡単に変えれるものでもない。椎名や黒澤のように、結城の言葉遣いなど気にしないというような人材を探すしかないのだろう。
「じゃあ、店長! お先でーす」
「明日は休業ってことで、いいですか?」
私服に着替えた二人が奥から出てきた。
「ああ。二人には悪いが、休んでくれ」
「「了解しました」」
声を揃えて敬礼までつけてくる。その嫌味さに辟易としながら、軽く手を振って二人を追い出した。
事務室に入るとパソコンの電源を入れる。起動するまでの間に、結城も服を着替えた。
あと何回使うことになるかな。そう考えながら、以前に作成した求人広告のファイルを開いた。椎名と黒澤は正確に覚えていないようだったが、この半年の間に結城の厳しさに根を上げたスタッフは八人いた。今日の梶で九人目だ。ファイルの内容をざっとチェックして、プリントアウトする。
「記念すべき十人目となるか、だな」
印刷された紙をトレイから取り上げながら、結城は自嘲気味に呟いていた。
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