■ ■ ■ 月の裏側Side新一
いつの間にか冷たい雨が降り出していた。
信号待ちでようやく一息ついて、家を飛び出すときに引っ掴んできた上着を羽織った。
全速力で走ってきたから、かなり息が上がっている。
でも、以前ならば、これくらいで息が上がるなんてことはなかった。幼い頃からサッカーをしてきたのは、体力をつけるためだった。四十分ハーフの試合にフル出場したって平気だったのに。
やはり、宮野が言うように、この体は不完全なままなんだろうか。
目の前の歩行者信号が青に変わると同時に、また走り出した。
苦しいとか、寒いとか。今はそんなことはどうだっていい。
心のほうがもっと軋んでいた。
解毒剤を完成させて元の体に戻って、組織を叩く。
そうすれば、元の生活に戻れると思っていた。だからこそ、色んなことを我慢してきたのに。
「私たち、消えてなくなっちゃうかもしれない」
「はぁ? 何だよ、それ」
組織の主だった人物を逮捕し形骸化させたあたりから、時折、息切れするようになった。最初は、単なる運動不足かとあまり重要視していなかった。だが、症状は自分だけでなく、宮野にも現われていた。
元々、感情表現が少ない色白の顔が、更に蒼褪めていた。
「ゴールデン・イヤーズって知ってる?」
「黄金時代? それとも老後?」
「訳してどうするのよ」
「じゃあ、何だよ」
「・・・SFドラマなんだけどね。化学工場で掃除夫をしていた老人が、実験の爆発に巻き込まれて、変な薬を浴びてしまうの。それから、その老人はどんどん若返っていって―――」
「最後に消えたってわけか?」
「・・・ええ」
「んなの、フィクションだろ」
そう笑い飛ばしはしたが、自分たちが小学生の姿になってしまったのだって、普通ならありえない現実だ。
コナンの姿になるとき、骨が溶けているみたいだと思った。小さく縮むだけの量が溶けたようになるなら、全部溶けてしまえば、存在自体が消えてしまうのか。
そう考えると、ありえないと一蹴するわけにはいかない。
宮野の真剣な顔が、否定の言葉を飲み込ませた。
「あの薬は偶然の産物にすぎないから、私にも本当のところどうなるか予測できないの。でも、必ず突き止めるから。もう少しだけ待って」
きっぱりと言い切られてしまっては、わかったと頷くことしかできなかった。
自分が、消える?
本当に消えてしまうなんて、信じてはいない。
でも、どこかに、今までの自分の境遇を思うと、本当になってもおかしくないと思う自分がいる。
戻ったら、蘭に全部話すから。
そう告げて、不安そうな蘭を納得させてきたのに。
これじゃあ、何も言えないじゃないか。
教室で、物言いたげな蘭から視線を逸らし続けるのにも限界がある。
だから、今日、蘭は家に来たんだろう。今度こそ、本当のことを聞かせてほしい、と。
それなのに―――。
思いっきり誤解された。
体調不良が頻繁になってきて、宮野は定期健診と称して夜に体調チェックにやってくる。シャツのボタンを外して、聴診器を当てたそのタイミングで蘭がリビングのドアを開けた。
呆然としていた瞳に、果たして聴診器は見えていたか。
踵を返して逃げ出したところをみると、宮野が手を触れていたようにしか見えていなかったのだろう。
「くそっ・・・!」
やり場のない怒りがこみ上げてきて、ビルの壁を叩いた。
蘭の悲しそうな顔が、脳裏にこびりついて離れない。
あんな顔をさせたかった訳ではないのに。
こんなことなら、宮野に何と言われようと蘭に話しておけばよかった。
信号待ちでようやく一息ついて、家を飛び出すときに引っ掴んできた上着を羽織った。
全速力で走ってきたから、かなり息が上がっている。
でも、以前ならば、これくらいで息が上がるなんてことはなかった。幼い頃からサッカーをしてきたのは、体力をつけるためだった。四十分ハーフの試合にフル出場したって平気だったのに。
やはり、宮野が言うように、この体は不完全なままなんだろうか。
目の前の歩行者信号が青に変わると同時に、また走り出した。
苦しいとか、寒いとか。今はそんなことはどうだっていい。
心のほうがもっと軋んでいた。
解毒剤を完成させて元の体に戻って、組織を叩く。
そうすれば、元の生活に戻れると思っていた。だからこそ、色んなことを我慢してきたのに。
「私たち、消えてなくなっちゃうかもしれない」
「はぁ? 何だよ、それ」
組織の主だった人物を逮捕し形骸化させたあたりから、時折、息切れするようになった。最初は、単なる運動不足かとあまり重要視していなかった。だが、症状は自分だけでなく、宮野にも現われていた。
元々、感情表現が少ない色白の顔が、更に蒼褪めていた。
「ゴールデン・イヤーズって知ってる?」
「黄金時代? それとも老後?」
「訳してどうするのよ」
「じゃあ、何だよ」
「・・・SFドラマなんだけどね。化学工場で掃除夫をしていた老人が、実験の爆発に巻き込まれて、変な薬を浴びてしまうの。それから、その老人はどんどん若返っていって―――」
「最後に消えたってわけか?」
「・・・ええ」
「んなの、フィクションだろ」
そう笑い飛ばしはしたが、自分たちが小学生の姿になってしまったのだって、普通ならありえない現実だ。
コナンの姿になるとき、骨が溶けているみたいだと思った。小さく縮むだけの量が溶けたようになるなら、全部溶けてしまえば、存在自体が消えてしまうのか。
そう考えると、ありえないと一蹴するわけにはいかない。
宮野の真剣な顔が、否定の言葉を飲み込ませた。
「あの薬は偶然の産物にすぎないから、私にも本当のところどうなるか予測できないの。でも、必ず突き止めるから。もう少しだけ待って」
きっぱりと言い切られてしまっては、わかったと頷くことしかできなかった。
自分が、消える?
本当に消えてしまうなんて、信じてはいない。
でも、どこかに、今までの自分の境遇を思うと、本当になってもおかしくないと思う自分がいる。
戻ったら、蘭に全部話すから。
そう告げて、不安そうな蘭を納得させてきたのに。
これじゃあ、何も言えないじゃないか。
教室で、物言いたげな蘭から視線を逸らし続けるのにも限界がある。
だから、今日、蘭は家に来たんだろう。今度こそ、本当のことを聞かせてほしい、と。
それなのに―――。
思いっきり誤解された。
体調不良が頻繁になってきて、宮野は定期健診と称して夜に体調チェックにやってくる。シャツのボタンを外して、聴診器を当てたそのタイミングで蘭がリビングのドアを開けた。
呆然としていた瞳に、果たして聴診器は見えていたか。
踵を返して逃げ出したところをみると、宮野が手を触れていたようにしか見えていなかったのだろう。
「くそっ・・・!」
やり場のない怒りがこみ上げてきて、ビルの壁を叩いた。
蘭の悲しそうな顔が、脳裏にこびりついて離れない。
あんな顔をさせたかった訳ではないのに。
こんなことなら、宮野に何と言われようと蘭に話しておけばよかった。
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