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2007.12.25 Tuesday

嫉妬。

 堂上は手塚とバディを組んで、図書館内を哨戒していた。
 小中学校も冬休みの期間に突入したこともあり、館内はいつにも増して人が多い。特に子供が走りまわっているのが目に付いた。
「まったく、子供は元気だな」
 郁だったなら、「館内で走るなー!」と叫んでいくところだろう。止めるために追いかけているのか、一緒にはしゃいでいるのかわからないくらいだ。だが、隣に並ぶ手塚は、堂上と同じように子供の動きを目で追っただけだった。
 子供たちのところには図書館員が駆け寄っていったので、堂上も再び館内をぐるりと見渡した。
 そしてそこに見知った顔を見つけてぎくりとする。
「・・・手塚、しばらく頼む」
「え? あ、はい」
 手塚の返事も待たずに、堂上はその人物に駆け寄った。
 近付いてくる堂上に気づいて、手まで振っている。その手をがしっと掴んで、引き摺るように人気の少ない廊下へ移動した。
「何で、お前がこんなところにいるんだ!」
「痛いなぁ。もぉ、乱暴なんだから」
「本なんか読まないヤツが、なんで図書館にいる」
「ひっどーい。お兄ちゃんが帰ってきてくれないから会いにきたんじゃない」
 ぷうっと頬を膨らませているのは、堂上の妹・遥だった。
 少し年が離れているため、両親も堂上もついつい甘やかし気味になってしまったようで。少々、ワガママに育った感が否めない。
 実家まではさほど遠くないのだが、土日はおろか盆も正月もほとんど帰省していなかった。それくらい仕事に打ち込んでいたといえば聞こえはいいが、結局のところ無精なだけだ。
「あー、悪かった」
 ぽんぽんと頭を撫でて宥めると、ようやく表情を緩ませた。
「母さんたちは、元気か?」
「煩いくらいに元気よ。特にお母さんはね」
「・・・だろうな」
 先日、正月には帰れないと連絡を入れたとき、電話口に出たのは母親だった。その後、数分間、堂上が口を挟めないほどに捲くし立てられたのを思い出す。やれやれ、いつまでたっても親にとっては子は子らしい。
「で、お前は? 仕事はどうした」
「・・・お兄ちゃん、曜日の感覚ないでしょ」
「ん?」
「今日、土曜日だよ」
「・・・ああ、そうか」
 遥の指摘に堂上が苦笑する。土日祝日関係なしのローテーションをしていると、曜日の感覚は薄れていく。普段より利用者が多いなという程度しか変化はないし、良化特務機関が日曜だから休みということもないのだから。
 しばらくの間、最近はどうだというような他愛もない話をしていた。
 すると、遥の視線がふっと一点で止まった。
 それを追って振り返ると、そこに立ち止まっている郁の姿を見つけた。
「ああ、笠原」
 ついでだと遥を紹介しようかと思ったが、堂上と目が合ったtとたんに、郁はくるりと踵を返して走り去ってしまった。
「・・・なんだ、あいつ?」
 意味不明の行動に、いつもの仏頂面になっていたようで。遥は堂上と走り去った郁とを何度か交互に眺めていたが。
「・・・お兄ちゃん、今の人、彼女?」
 思わぬ発言に、ぶっと吹き出してしまう。
 何も言ってないのに、なぜわかるんだ?
「いや、あいつは・・・」
 部下だとでも言って誤魔化すのか?
 今、誤魔化しても、いつかは知れること。
「・・・彼女なんだったら、追い掛けたほうがいいよ?」
「え?」
「・・・うん。多分、あの人、誤解したと思う」
「誤解? 何を?」
「あたしとお兄ちゃんの関係」
 淡々と説明される言葉に、何を言ってると反発してしまう。
 自分と妹との関係を、どう誤解するというのだ。
「・・・だって、あの人、あたしが妹だって知らないでしょ?」
「あ・・・」
 そんな当たり前のことを、指摘されるまで気づかなかった。
「今の状況だけ見るなら、彼氏が別の女と仲良く話してるっていうのは、彼女にとっては、かなりショックだと思うけど?」
 妹相手だからと何も考えずに話し込んでいたが、考えが足りなかった。
 ええい。くそっ。
 がしがしと頭を掻いて遥から視線を逸らした。
「・・・追い掛けないの?」
「あいつが本気で逃げたら、俺は追いつけん」
 陸上部だったこともあって、足では堂上も、手塚でさえも敵わない。思わず本音が出てしまったが、遥は「女心がわかってないわねー」と、呆れ果てた。
「あのね、この場合、『彼氏が追いかけてきてくれる』っていうことが大事なの。ほら、追いかけなさいよ!」
 ぐいぐいと背中を押されてしまい、戸惑いながらも「すまん」と声をかけて、郁が消えた方向へと走り出した。
 今更、追いつけるはずもない。
 また、どこかに隠れて泣いているのか?
 だとしたら、今度はどこだ?
 かくれんぼよろしく、思いもよらないところに逃げ込むヤツだ。まったく、世話が焼ける。


 今日の館内警備でバディを組んでいた小牧が毬江からのメールで「ちょっと、ごめん」と抜け出した。
 二人をウォッチングしている郁としては、「どうぞ」とにこやかに送り出してから、後でそっと閲覧室を覗き見る魂胆でいた。
「笠原、図書館の方に行くなら、これを堂上に渡してくれ」
「はい」
 途中ですれ違った玄田にファイルを渡され、それを抱えて廊下を歩いていった。
 図書館裏の職員用通用口から入り、来館者用のトイレの前を通っていくと、その向こうが閲覧室になる。
 トイレに出入する来館者の波からはずれた壁側に、上官である堂上がいた。
 だが、堂上は一人ではなかった。
 バディを組んでいるはずの手塚ではなく、堂上よりももっと小柄な女性・・・。
 つい、その女性に視線が行ってしまった。職質をかけている様子でもない。
 そうではなくて、逆に――
 考えをめぐらそうとしていた矢先、ふいにその女性と目が合った。目が合ったとたんに、ふっと笑われたような気がした。
 あの子、あたしが堂上教官を見てることに気づいてる。
 どきんと胸が鳴った。
 彼女の視線に気づいてか、堂上も振り返った。体ごと向きを変えたので、彼女の手が堂上の腕を掴んでいるところまで見えてしまった。
「ああ、笠原」
 何で?
 そこで、何事もなさそうに笑ってるの?
 ぐっと手にしていたファイルを握り締めると、こちらへ一歩踏み出した堂上の足音を合図に、郁は回れ右をしてダッシュした。
 嫌だ。
 見たくない。
 好きだと自覚してからずっと、自分の中に蟠っている黒い感情。
 恋人だと言われても、それで安心なんかできない。
 自分以外の女性、誰とも話さないでなんて、無理なことだとわかっているのに、そんなことさえ思ってしまう。
 図書館の建物を出て、どれくらいダッシュしただろう。これ以上は、もう無理、と歩調を緩める。ほとんど無呼吸で走っていたようで、体中が酸素を求めているようだ。はあはあと大きく息を吸いながら、じわじわとせりあがってくる涙を堪える。だが、一向に止まる気配もない。
 諦めて、どこか逃げ込む場所を探す。玄田隊長、小牧教官、ごめんなさい。少しだけ、さぼらせて。
 絶対に人が来ないところ・・・。
 真昼の図書基地は、どこを見ても人だらけ。図書館側に戻るのも嫌だし。寮の部屋へ逃げ帰ろうかとも考えた。
 そして、一箇所だけ、誰も入ってこない部屋を思い出した。
 その部屋に入るまでは、人に会う確率は高いけれど、入ってしまえばこっちのもの。
 ぐっと歯を喰いしばって、郁は何事もなかったかのように平常心を装いながら、図書特殊部隊の建物に入った。
「笠原、休憩か?」
「はい。ちょっと」
 行く先々で声をかけられたけれど、にっこりと笑顔を浮かべて、通り過ぎる。
 やだなぁ。あたし、こんな時でも笑えるんだ・・・。
 作り笑いが上手くなっていく自分を苦々しく思いながら、会議室や事務室の並ぶ廊下を足早に駆ける。
 あと、もう少し。あの角を曲がれば・・・。
 女子更衣室。
 郁が特殊部隊に配属されたことをきっかけに作られた部屋は、目下のところ郁しか使っていない。ここならば鍵もかけれるし、誰かが入ってくることもない。だけど、その角までが遠い。
 駆け出しそうになる心を抑え、気取られないように歩く。
 あと、2メートル、1メートル・・・
「笠原っ!」
 カウントダウンをしはじめた時、後ろから声が響いた。
 うそっ。何で追いかけてくるのよ!
 周囲にいた隊員から笑い声があがっている。
 あ、また怒られてると思われてるんだろうな・・・。
 やだ、もう。来ないでよっ!
 角を曲がり、更衣室のドアノブに手をかけた瞬間、逆の手をぐいっと掴まれた。そのまま力任せに引き寄せられる。
「笠原っ!」
「離してくださいっ」
 力技ならば郁も負けていない。堂上の手を振り払って壁側に逃げる。
 全力で走ってきたのか、堂上は少し息が上がっている。この期に及んで、探してくれたんだなどと嬉しくなってしまう。
 ふっと気が緩んで、堪えていた涙が頬を伝った。
 見られたくなかったのに。
 だが、一度溢れ出した涙は、もう止まらなくて。ぎょっとしている堂上から視線を逸らすように俯いて泣き続けた。
「・・・郁」
 こんな時だけ、名前で呼んだりしないで。
「あたしのことなんか、ほっといてください」
 更衣室のドアはすぐ横だ。逃げ込もうと動いたとたんに顔の前を何かが横切った。
 ダンッと大きな音が響く。堂上が壁に手をついて、進路を遮っている。
「ほっとけるか、バカ」
 さっきまで、この腕に他の女の子が触れていたのかと思うと、触りたくもない。だが、堂上は更に逃げようとする郁の手を掴んでくる。
「汚らわしい手で触らないで! あたしなんかほっといて、誰とでもいちゃいちゃしたらいいでしょ!」
「お前なぁ・・・」
 子供の駄々みたい。
 言いながら、自分でも呆れてしまう。でも、ぐちゃぐちゃと蟠る感情は消えなくて。そのどす黒い感情は重く心に広がっていく。
「あたしなんか、可愛くないし。ガキだし。教官より大きいし。全然、似合いじゃないことくらい、わかってます。だから、教官が他の人を好きになっても文句なんか言えません」
「勝手な早とちりをするな」
「嫌いになったなら、そう言ってください。あたし、諦めますから」
「だからっ!」
 喚き続ける郁に堂上はちっと小さく舌打ちして、強引に唇を重ねてきた。
 逃げようともがいても、堂上の力のほうが勝っていて、身動きできない。
 次第に体中が火照ってくる。膝に力が入らなくなって、がくりと廊下に座り込んだ。それでようやく唇が開放された。
 堂上は郁の正面に跪くと、再び唇を重ねた。
 もう抵抗する力も、投げかける言葉も失くして、ぼうっとされるがままになっていた。
「・・・人が来たらどうするんですか」
「かまわん」
 人目くらい気にしてほしいんですけど、と郁は心の中で毒づいた。
 堂上はそのまま郁の頭を撫でて、涙を拭ってくれた。
「・・・あの人は?」
 怒っている雰囲気ではなさそうなので、おずおずと聞いてみる。
「ん? ああ、遥か」
 うわー、呼び捨てなんだ・・・と、胸が軋む。
 堂上はくすりと笑って、むにっと郁の頬をつまむ。
「あれは妹だ」
「え?」
「俺の妹。堂上遥だ」
「・・・・えええええーーーーっ!」
 さっきまでの涙が一気に吹き飛んでしまった。
「え? うそ? ちょっと待って!」
 うわっ。それじゃあ、あたしってば、妹さんになんて失礼な態度を!
 睨んだような気もする。挨拶するどころか、逃げ出すなんて!
「あいつは、お前のこと俺の彼女だって一発でわかったみたいだぞ」
「やだっ。それ、追い討ち!」
 彼女として、第一印象、最悪!
「・・・まだ帰ってないと思うから、会っていくか?」
「え? あ、でも」
 赤い目を見れば、泣いたってことはバレてしまう。それに化粧だって落ちてるに決まってる。
「・・・化粧、直すなら待ってるぞ。どうせ、そのままじゃ仕事にも戻れんだろ」
 郁の思考を先読みされてしまい、かーっとまた赤くなる。
「五分ください!」
「おーおー、気が済むまでやってこい」
 立ち上がって宣言した郁に、堂上はしゃがんだままでぱしっとお尻を叩かれた。
 更衣室に逃げ込んで、ばしゃばしゃと顔を洗う。訓練の後に館内業務をすることもあるので、更衣室にも一式化粧品類を置いていて助かった。
 泣き腫らした目を冷やして、再び化粧をしはじめた郁の手は、緊張で震えていた。

 盛大に聞こえてくる水音に、

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