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2007.02.07 Wednesday

背中合わせ01「誰にもいえない」

誰にも言えない恋をした。

別に咎を受けるような恋じゃない。
ただ、誰に言っても信じてもらえないような相手だから。
文武両道、才色兼備、容姿端麗、品行方正、etc。
ありとあらゆる褒め言葉を並べ立てたような人。
それが、雪村時音だ。
私立烏森学園高等部三年。学年トップの成績で、どんなスポーツもそつなくこなす。長い髪をポニーテールに纏めて、颯爽と廊下を歩く様を見れば、学園中の誰もが振り返る。かといって、それらをひけらかすでもなく、あくまでも自然体で、誰にでも優しい。
平成のナイチンゲールと称したヤツもいたっけか。
それに比べて。授業中は寝てばかりで、テストは赤点スレスレ。得意な教科は体育と美術という、どうしようもない自分。テレビに出るような二枚目というわけでもなく。取り柄なんて、何もない。多分、学園内でも一番目立たない。
それが、俺。墨村良守だ。
二人が恋人同士だなんて言って、誰が信じるって言うんだ?
笑われるのがいいとこ。妄想だって言われるのがオチだ。
だから、誰にも言わない。誰にも教えてなんかやらない。

他にも言えない理由がある。
それは、あまりにも理不尽な理由で。しかも、良守自身にはどうすることも出来ない。
良守の家と、時音の家。つまりは、墨村家と雪村家。この両家には長きに渡る確執がある。現代版『ロミオとジュリエット』を地で行ける関係だ。
墨村家と雪村家は、同じ間流結界術を継承する家柄だ。この結界術というものがまた、一般人には言えない稼業だ。
携帯電話とかインターネットとか。IT産業真っ盛りの現代に、幽霊や妖怪が存在することを知る人間は少ない。そして、その妖を退治する術者が存在するなんて。この事実だって、誰も信じないことだろう。
同じ流派でありながら、正統性を巡って四百年も敵対しているというから、お笑いものだ。それでいて、開祖から賜った隣同士の土地で、四百年も『お隣さん』を続けてきているのだから。本当に敵対しているのか、敵対するフリをしているだけなのか。本当のところ、よくわからない関係だ。
両家が任されているのは、二人が通う学校が立つ地・烏森を守ること。
烏森はそこに集まる妖達に力を与える。故に夜毎、様々な妖が力を求めて吸い寄せられてくる。それを退治するのが良守と時音の仕事だった。
数々の修羅場を共に乗り越えてきた戦友でもある。
死と隣り合わせの日々。時音の腕に残る傷、良守の全身にも小さな傷痕が無数に残っている。そして、本当にこの地で命を落とした友もいる。
互いがいたからこそ、今、ここにいる。
秘密を共有することで、慰め合っているだけなのかもしれない。互いの傷を舐め合うように身体を寄せ合っているだけなのかもしれない。心の空白を埋めるために互いを求めた。
不器用な愛だ。幼い恋だ。
心に蟠る想いを、どうやって伝えたらいいのかもわからなくて。足りない言葉を補うように、また抱き締める。
もう後戻りはできない。

誰にも言えない恋でも。俺と時音の二人だけは知っている。
後悔はしたくないから。
何も出来ない自分を嘆くのは、後でいい。今は目の前の事実から逃げ出さない。


ふーっと溜息をついて、定位置となっている中等部校舎の屋上、更にその昇降口の上に寝転んだ。
今宵はまだ、烏森に妖の気配はなかった。そして、時音の姿もない。いつもならば、良守よりも先に来て、ぐるりと見回りを終えているのに。まあ、いいか。妖もいないんだし。気配を感じてからでも遅くない。
「まったく。まだ寝るのかい?」
「うっせーな。眠いんだからしょうがねーだろ」
口煩い妖犬・斑尾がふわふわと浮かんでいる。一応は、こいつも妖だけれども。首に巻いた封印のおかげで、今は墨村家付の妖犬として、結界師の仕事を助けている。女言葉を使っているけれど、れっきとしたオスだ。開祖・間時守に一目惚れしたとかで、恥ずかしげもなくオカマ犬になったらしい。
いつも、良守には手厳しくて。噛み付かれたことも度々だ。
妖は夜にならないと動き出さない。故に結界師も夜の住人になっている。まだ学生である良守にはキツイ仕事でもある。万年寝不足で、授業中に寝てしまうこともしばしば。時間が取れれば、五分でも寝たいところだ。
「良守っ!」
うとうととし始めていた所を呼ばれてしまった。
これが斑尾の呼ぶ声ならば、何度かは無視してやるところなのだが、時音の声とあってはそうもいかない。
上半身だけ起こして、声のする方を見た。
「・・・はよ」
「何が、おはようよ。今は夜!」
「目覚めた時の挨拶は、おはようと決まってんだよ」
階段を上りきらない状態で、胸から上だけが見えている。
「サボってないで、降りてきな。見回り行くよ」
「へいへい・・・」
これが恋人同士の会話だろうか?
そんな風に思わないこともないけれど。夜の烏森では、二人は結界師である。
「んーっ」
思いっきり身体を伸ばしながら、時音の後に続いた。
「ほら、これでも飲んでシャッキリしなさい」
ぽんと放られたのは、良守の好きなコーヒー牛乳。・・・かと思ったが、チルドカップのカフェオレだった。しかも、無糖。
「・・・・・」
確かに目は覚めるだろうけれど。
「時音、俺に喧嘩売ってる?」
「いい加減、甘いのやめた方がいいわよ?」
「うるせー! 俺はコーヒー牛乳が好きなんだよ」
「だから、それがカフェオレじゃない」
「砂糖が重要なんだよ、砂糖が!」
「・・・お子様」
そう、これ。これが嫌なんだよな。
二歳の年の差はどうしたって埋まらない。飛び越えて年上になることなんて出来ないのに。こうやって年下扱いするんだ。
「違うって! 砂糖は重要なエネルギー源なんだよ!」
「あんたさぁ・・・。今はまだ上に伸びてるからいいけど。そのうち、横に広がるわよ?」

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