■ ■ ■ 「死ぬな」
郁が入隊してから初めて、図書特殊部隊から死亡者が出た。
葬儀に出席してきた玄田と緒形が戻ってから、会議室に全員が集められた。
「お前ら、死ぬな」
壇上に立った玄田は、バンッと机を叩いた。
「俺が隊長の間は、誰も死ぬんじゃねぇ! 以上だ」
言うだけ言うと、玄田はそのまま会議室を出て行った。
葬儀に出席してきた玄田と緒形が戻ってから、会議室に全員が集められた。
「お前ら、死ぬな」
壇上に立った玄田は、バンッと机を叩いた。
「俺が隊長の間は、誰も死ぬんじゃねぇ! 以上だ」
言うだけ言うと、玄田はそのまま会議室を出て行った。
その日は朝から冷たい雨が降っていた。
午後に入ってすぐ、図書特殊部隊の事務室に一本の電話がかかってきた。
「川端三正、殉職・・・?」
電話を取った隊員の声が震える。
その報は雪崩の如く勢いと冷たさで、関東図書隊全隊を駆け抜けた。
郁と手塚が入隊してから初めての図書特殊部隊からの殉職者だった。事務室に居合わせた誰もが言葉を失くしてしまう。
郁もその一人で、ただただ主が二度と帰ってこない、その机を見つめていた。
班が違うとはいっても、訓練や業務で顔をあわせるのだから、言葉を交わしたことだってある。昨日まで、確かに彼はそこにいたのだ。皆と一緒になって笑って馬鹿話だってしていたのに。
郁自身、たくさんの戦闘に出向いてきた。その中で死ぬかもしれないと思ったこともあった。だが、初めて直面した本当の死だった。
もしかしたら、自分も死ぬかもしれないのだ。突然、死が身近なものに感じられた。
ぎゅっと強く拳を握り締めて俯く。
ぽんっと不意に郁の頭に手が乗った。見上げると堂上が通り過ぎざまに郁の頭を撫でていった。
班長たちと玄田が集合しだしている。堂上も無言でそのほうへ向かったけれど、その手は郁に『泣くな』と言っていた。
そうだ。泣いている場合なんかじゃない。
今は、まだ。
冬場のインフルエンザの流行で、他県の図書館で大勢の欠勤者が出た。
学校ならば学級閉鎖や学校閉鎖の措置がとられるが、大学や企業ではそうもいかない。公共施設もそうであり、図書館も休館するわけにもいかなかった。
そんな折に、横浜の図書館に併設する大講堂で、とあるシンポジウムの開催が予定されていた。シンポジウムの主旨は、図書館と作家との討論会となる予定だった。また、こういった催しが開催される常として、良化特務機関の襲撃が予想された。
普段であれば、自県の図書隊で警備を遂行するのだが、今回はどうしても人員の確保が難しいという理由で、図書特殊部隊に応援要請があったのだった。
人数合わせの出動であり、誰もが激しい戦闘などは予想していなかった。
それなのに。
殉職とは、ただごとではない。
応援隊には、緒形副隊長が同行している。玄田と緒形が連絡をとり、事の詳細を確認していた。
シンポジウムの開始時間に合わせるように、良化特務機関の襲撃があった。
銃撃戦となった際、近くにいた一般人を庇って銃弾に倒れたのだという。
「どうしてそんなところに一般人がいたんだ? 襲撃が予想されていたんだから入場制限をしとったんじゃないのか」
玄田の声は怒りを含んでいる。その者さえいなければ・・・、言っても埒が明かないことだとわかっていながらも、そこを責めずにはいられない。
『シンポジウムに憧れの作家が参加するとかで、紛れ込んだようです』
「・・・その一般人に怪我はないんだな?」
『はい』
それがせめてもの救いか。一般人を巻き込んだとなれば、図書隊も叩かれずにはいられないだろう。
良化特務機関に狙われた一般人を庇っての殉職。
そんな美談にしたところで、川端が戻ってくるわけでもないが少しは浮かばれるか。
事務室内は、苦い溜息で満たされた。
川端は地方出身者であったため、遺体は一度関東図書隊が引き取った。
会議室に安置し祭壇が設えられた。
葬儀は実家で執り行うとのことだったが、図書特殊部隊でも追悼式が執り行うこととなった。
武蔵野第一図書館を含む関東図書基地内では、全員が業務をあけるわけにはいかず、手の空いているもの、公休中のものがほぼ全員参列していた。その中でも図書特殊部隊の隊員は全員が参列していた。
出棺の折には、隊員たちが棺を運び、会議室のある庁舎の前には、出口へと伸びる道路に隊員たちが全員並んでいた。
両親が深く一礼をして車に乗り込む。
「一同、敬礼っ!」
玄田の号令に、一糸乱れぬ動作で敬礼がなされた。
進藤が空に向かって空砲を放つ。それを合図に車は動き出した。
共に戦った仲間との最後の別れだった。
あたしたちは、ただ本が守りたいだけなのに。
本を読みたいと思う人たちに、その本を読ませてあげたいだけなのに。
そんな簡単なことのために武器を取らなければならない。矛盾しているとわかっていても、今はそういう時代なのだからと割り切るしかない。
三十年前なら違っただろう。
三十年後なら違うかもしれない。
でも、あたしたちは『今』を生きていて、『今』の尺度でしか測れない。
百年後の歴史家たちが、良化法と図書隊の闘争を何と評価するかなんて気にしていたら、本さえも守れない。
本のために命を落とすなんて、と言う人もいるだろう。
けれど。
あたしたちは、自分たちの誇りと命をかけて、本を守っているのだ。
ゆっくりと車が出て行ったあと、玄田は玄関前に特殊部隊の全員を集めた。
いらぬことまでよく喋る玄田が、この日は川端の両親への挨拶以外、ほとんど喋っていなかった。
それだけ、玄田にとっても部下の死は重いものなのだろう。
沈痛な面持ちで玄田を見上げる隊員たちの顔を、玄田は一通り順番に見つめ返した。
全員を一巡してから、
「・・・お前らは死ぬな」
いつもより数倍低く響く声で、一言いうと、「解散っ!」と残して、玄田は立ち去った。
しばらくの間は、誰もが名残惜しく玄関先でざわついていたが、日々の業務の手を止めることはできない。追悼式の間だけはと、防衛部と業務部に無理をいって、特殊部隊員は業務を抜けさせてもらっているのだ。そろそろ、交代のために戻らなければならない。
郁は車が走り去ったほうを見て、もう一度、川端の姿を思い浮かべた。
良化法がなくならない限り、これまでもこれからも歴史は繰り返されるだろう。
そうやって図書隊の歴史の一ページに風化させるだけではなく、郁は自分の胸に深くその姿を刻みつけた。
あなたの分まで、あたしたちが守ります。
堂上などに聞かれたら、「ひよっこが吹くな」と一蹴されそうだ。
最後にもう一度、カツンと踵を揃えて背筋を伸ばす。もう見えなくなった車に向かって、敬礼をした。
「笠原! 業務に戻るぞ!」
「はいっ!」
堂上の怒号に、郁は慌てて庁舎へと駆け戻っていった。
午後に入ってすぐ、図書特殊部隊の事務室に一本の電話がかかってきた。
「川端三正、殉職・・・?」
電話を取った隊員の声が震える。
その報は雪崩の如く勢いと冷たさで、関東図書隊全隊を駆け抜けた。
郁と手塚が入隊してから初めての図書特殊部隊からの殉職者だった。事務室に居合わせた誰もが言葉を失くしてしまう。
郁もその一人で、ただただ主が二度と帰ってこない、その机を見つめていた。
班が違うとはいっても、訓練や業務で顔をあわせるのだから、言葉を交わしたことだってある。昨日まで、確かに彼はそこにいたのだ。皆と一緒になって笑って馬鹿話だってしていたのに。
郁自身、たくさんの戦闘に出向いてきた。その中で死ぬかもしれないと思ったこともあった。だが、初めて直面した本当の死だった。
もしかしたら、自分も死ぬかもしれないのだ。突然、死が身近なものに感じられた。
ぎゅっと強く拳を握り締めて俯く。
ぽんっと不意に郁の頭に手が乗った。見上げると堂上が通り過ぎざまに郁の頭を撫でていった。
班長たちと玄田が集合しだしている。堂上も無言でそのほうへ向かったけれど、その手は郁に『泣くな』と言っていた。
そうだ。泣いている場合なんかじゃない。
今は、まだ。
冬場のインフルエンザの流行で、他県の図書館で大勢の欠勤者が出た。
学校ならば学級閉鎖や学校閉鎖の措置がとられるが、大学や企業ではそうもいかない。公共施設もそうであり、図書館も休館するわけにもいかなかった。
そんな折に、横浜の図書館に併設する大講堂で、とあるシンポジウムの開催が予定されていた。シンポジウムの主旨は、図書館と作家との討論会となる予定だった。また、こういった催しが開催される常として、良化特務機関の襲撃が予想された。
普段であれば、自県の図書隊で警備を遂行するのだが、今回はどうしても人員の確保が難しいという理由で、図書特殊部隊に応援要請があったのだった。
人数合わせの出動であり、誰もが激しい戦闘などは予想していなかった。
それなのに。
殉職とは、ただごとではない。
応援隊には、緒形副隊長が同行している。玄田と緒形が連絡をとり、事の詳細を確認していた。
シンポジウムの開始時間に合わせるように、良化特務機関の襲撃があった。
銃撃戦となった際、近くにいた一般人を庇って銃弾に倒れたのだという。
「どうしてそんなところに一般人がいたんだ? 襲撃が予想されていたんだから入場制限をしとったんじゃないのか」
玄田の声は怒りを含んでいる。その者さえいなければ・・・、言っても埒が明かないことだとわかっていながらも、そこを責めずにはいられない。
『シンポジウムに憧れの作家が参加するとかで、紛れ込んだようです』
「・・・その一般人に怪我はないんだな?」
『はい』
それがせめてもの救いか。一般人を巻き込んだとなれば、図書隊も叩かれずにはいられないだろう。
良化特務機関に狙われた一般人を庇っての殉職。
そんな美談にしたところで、川端が戻ってくるわけでもないが少しは浮かばれるか。
事務室内は、苦い溜息で満たされた。
川端は地方出身者であったため、遺体は一度関東図書隊が引き取った。
会議室に安置し祭壇が設えられた。
葬儀は実家で執り行うとのことだったが、図書特殊部隊でも追悼式が執り行うこととなった。
武蔵野第一図書館を含む関東図書基地内では、全員が業務をあけるわけにはいかず、手の空いているもの、公休中のものがほぼ全員参列していた。その中でも図書特殊部隊の隊員は全員が参列していた。
出棺の折には、隊員たちが棺を運び、会議室のある庁舎の前には、出口へと伸びる道路に隊員たちが全員並んでいた。
両親が深く一礼をして車に乗り込む。
「一同、敬礼っ!」
玄田の号令に、一糸乱れぬ動作で敬礼がなされた。
進藤が空に向かって空砲を放つ。それを合図に車は動き出した。
共に戦った仲間との最後の別れだった。
あたしたちは、ただ本が守りたいだけなのに。
本を読みたいと思う人たちに、その本を読ませてあげたいだけなのに。
そんな簡単なことのために武器を取らなければならない。矛盾しているとわかっていても、今はそういう時代なのだからと割り切るしかない。
三十年前なら違っただろう。
三十年後なら違うかもしれない。
でも、あたしたちは『今』を生きていて、『今』の尺度でしか測れない。
百年後の歴史家たちが、良化法と図書隊の闘争を何と評価するかなんて気にしていたら、本さえも守れない。
本のために命を落とすなんて、と言う人もいるだろう。
けれど。
あたしたちは、自分たちの誇りと命をかけて、本を守っているのだ。
ゆっくりと車が出て行ったあと、玄田は玄関前に特殊部隊の全員を集めた。
いらぬことまでよく喋る玄田が、この日は川端の両親への挨拶以外、ほとんど喋っていなかった。
それだけ、玄田にとっても部下の死は重いものなのだろう。
沈痛な面持ちで玄田を見上げる隊員たちの顔を、玄田は一通り順番に見つめ返した。
全員を一巡してから、
「・・・お前らは死ぬな」
いつもより数倍低く響く声で、一言いうと、「解散っ!」と残して、玄田は立ち去った。
しばらくの間は、誰もが名残惜しく玄関先でざわついていたが、日々の業務の手を止めることはできない。追悼式の間だけはと、防衛部と業務部に無理をいって、特殊部隊員は業務を抜けさせてもらっているのだ。そろそろ、交代のために戻らなければならない。
郁は車が走り去ったほうを見て、もう一度、川端の姿を思い浮かべた。
良化法がなくならない限り、これまでもこれからも歴史は繰り返されるだろう。
そうやって図書隊の歴史の一ページに風化させるだけではなく、郁は自分の胸に深くその姿を刻みつけた。
あなたの分まで、あたしたちが守ります。
堂上などに聞かれたら、「ひよっこが吹くな」と一蹴されそうだ。
最後にもう一度、カツンと踵を揃えて背筋を伸ばす。もう見えなくなった車に向かって、敬礼をした。
「笠原! 業務に戻るぞ!」
「はいっ!」
堂上の怒号に、郁は慌てて庁舎へと駆け戻っていった。
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